辺野古沖船転覆事故でカツドーカどもに殺到する批判に対応すべく、あっち側の擁護勢はカツドーカの活動の正当性を主張するということを始めています。

いやいや、そんなのは知ったこっちゃないのですよ。仮に(あり得ませんがあくまでも仮にということで)あの連中の抗議活動とやらが百パーセント正当なものであったとしても、そんなことは知ったこっちゃないのです。

学校側はまた別としてカツドーカ連中が主に非難されているのは、ふだん抗議船として使われている事業用無登録の脆弱な2隻の小船に抗議活動とは無関係無関心で普通に遊覧船に乗る気でいた高校生たちを満載して波浪注意報で大概の漁船が出漁を見合わせる中を出航し海上保安庁の船による注意喚起を振り切り速度を上げて生徒たちを怯えさせつつ海を知る人なら誰でも明らかに危険と分かるリーフブレイクに突っ込んで1隻目が転覆し2隻目の船長と船員がそれを見て海保に通報もせず自船にさらに人を乗せる余裕などないのに救助しようと近づいて同じく転覆した結果として1人の生徒を死なせてしまう最悪の事態を招いたにもかかわらず団体関係者はまともな謝罪もせず沖縄入りした遺族らに顔を見せもせず学校側や負傷した他の生徒たちや保護者らへの謝罪もなく生還した2隻目の船員は翌日から元気に抗議活動を再開し船長は実況見分のあとスナックで酔っ払って楽しいひとときを過ごしたりしていたくせに今に至るまでパニック状態とか言い訳して雲隠れを続け団体関係者は内輪の会合に出ては海は荒れていなかったとか彼女は救命胴衣をちゃんと着用していなかったとか自分たちは悪くないという印象操作をせっせと重ねつつ亡くなった生徒が自分たちの同志だったかのように言いふらして遺族に喧嘩を売っている、というふざけた言動の数々です。

どうもあの手の連中は、自分たちの活動の正当性さえ主張すれば、自分たちの重過失による重大事故で犠牲者を出したことが免責されるとでも考えているようです。あの調子だと、普通にカツドーカが起こした過失割合10対0の交通事故でも、自分は悪くないと言いそうな感じですよ。

人でなし。本当に、人でなし。

この番組はたまたまチラッと見ましたけど──

私も同じようなことを思いましたね。スタジオのリアクションの差し込みなんかは邪魔です。「全員集合」のライブ感が損なわれます。コントの合間のキリのいいところでスタジオを出してくれるのならいいのですが。

ドリフのコントといえば、伝説の「池田屋の決闘」(俗称「階段落ち」)というネタがありまして、YouTubeとかに転がっていますから知らない方はぜひどうぞ。

辺野古沖船転覆事故を起こしたカツドーカどもは、全く反省していないようです。まあ、分かっていたことですが。

自分たちは何も間違っていなくて、しかも〈被害者〉の立場だと思っているようです。

浦島氏[ヘリ基地反対協議会の共同代表]は勉強会で「波浪注意報が出ているから出航してはいけないということはない」との認識を示し、「冬場はずっと毎日出ている。2、3カ月の中で出ない日が1日か2日」と指摘した。
[産経ニュース]

つまり、荒れた海に出たわけではなく、ただいつも通りに波浪注意報を無視しただけで、自分たちは悪くない、ということのようです。こんなので、脆弱な小船に高校生を満載して出ていったことの言い訳になると思っているらしいのですから、すごいものですよ。起きるべくして起きた事故ということでしかありませんね。なお、当日は大概の漁船が出漁を取りやめていたと聞いています。

さらに、この「冬場は[波浪注意報が]ずっと毎日出ている。2、3カ月の中で出ない日が1日か2日」というのが嘘でして──

沖縄気象台によると、今年2月に波浪注意報(警報含む)が出ていた期間は28日中15日間、3月は31日中20日間で、浦島氏の説明とは異なる。
[同]

こういうふうにきちんと裏を取るところ、記者の鏡です。築地や一ツ橋も見習ったほうがいいですね。

また、産経新聞や「右派的な週刊誌」が「ちょっとしたことに尾ひれはひれをつけて、違う方向に持っていって報道している」と批判。勉強会の参加者に対し、「そういう報道に接したときには、うのみにするのではなく、考えてほしい」とも呼びかけた。
[同]

いやいや、どう考えてもあんたらの言っていることのほうが何から何までおかしいのですが。

ところで、音源の一部は別の筋から公開されています:

本当にもう人の言葉をしゃべるのをやめてほしいですわ。

上記記事で言及されているところの『沖縄タイムス』1日付の読者投稿欄に掲載された文章は、読んでみた方は分かると思いますが、あまりにもひどいものでした。とても人間の言辞とは思えません。人の言葉を使うのをやめろと言いたいです。

百歩譲って、投稿者は本当に事実誤認して変なことを書いただけなのかもしれません。しかし、数ある読者投稿の中からあのようなものを選んで紙面に掲載した沖縄タイムスの罪は、ひょいと小さく訂正記事を出した程度で済まされるものではないでしょう。

辺野古沖船転覆事故で亡くなった高校生の遺族が発信していることを、改めて振り返ってみます。

知華自身も、このコースの背景をほとんど理解していなかったようです。妻が「なんで辺野古を選んだの?」と聞いた際、彼女はこう話していました。 「美ら海水族館に行きたいんだけど、美術館で怖い絵を見るよりかは、お友達と綺麗な珊瑚礁を見る方が楽しそうじゃん」

【Fコース】ボートに乗って海から辺野古を見る → 美ら海水族館

彼女にとっては、ただそれだけの純粋な選択でした。

「沖縄研修旅行の異質さ」 << 「辺野古ボート転覆事故遺族メモ」]
適切な届出や保険の手続きすら欠いたままボートを運航し、知華の命を奪い、17人の生徒を海に投げ出し命の危険に晒すという取り返しのつかない結果を招いた、重大な責任を負うべき組織と行動を共にしている人が、知華をまるで自分たちの仲間であったかのように語ることは到底、許容できません。

知華は、誰かの主張のために沖縄へ行ったわけではありません。

沖縄戦の歴史や経済、文化を勉強し、メイクや服装に悩み、お友達と沖縄へ3泊4日の旅行に行くことを楽しみにしていた、一人の女の子でした。

沖縄のテレビや新聞では、ほとんどこの事故の報道は無いと聞いています。

もしかすると、知華は抗議活動に参加していたと、まだ思われているかもしれません。

SNSにあまり触れない沖縄の年配の方々にも、知華の本当の姿を知っていただきたく、私たちの note のことを伝えていただけると嬉しいです。

「私と知華」 << 同]