昨夜からの宵越しの怒りの整理

  • 恨みつらみを込めたメッセージを大量によこしておきながら、こちらから返信のできない状態にして逃げる。久しく忘れていたが、ネット・スラングで「言い逃げ」という。そういうことをする人は、そのメッセージの内容のいかんを問わず、そもそも人間性を疑われるし、信用されない。
  • 他人ごとに関しては「言葉を武器にするな」と優等生的な野次を入れておきながら、自分が俎上に載せられたとたん、言葉を武器にする。自分の場合は善意に基づいていて、言っていることが正しいから、良いのだと言う。そういうのを優等生的という。
  • 前項のような要素は誰にでも多かれ少なかれあるもので、私にもあって、改めるにも改められないものである。しかし、「優等生的だ」という指摘に対して、「傷ついた」と返してくるのは卑怯だ。批判する側から、批判される側になったとたん、「傷ついた」「許さない」というのは都合のよすぎる話である。

恐らくその人の周りには、「傷ついた」とわめけば無条件でオロオロしてくれる人が多いのだろう。だが、“「傷ついた」と言った者勝ち”の論理はそうそう通用するものではなく、少なくとも私には通用しない。

※関連: 「被害者さまの玉座」

この記事のURL | comments (0) | trackbacks (0)
| 記事分類: 思惟

《短歌》いく夜迷ひし

ひとしれずいく夜迷ひし同朋のブログぞけふはあけて光れる | |
[ひとしれず いくよまよひし どうぼうの ブログぞけふは あけてひかれる]

昨日、nikoju氏のブログ再公開によせて。ちょうど当サイトの再開と重なったことでもあり。

この記事のURL | comments (2) | trackbacks (0)
| 記事分類: 三十一文字

再開のお知らせ

サイトを再開しました。

せっかくなのでこの機会に、以前からの懸案だった文字コードの変更(EUC から UTF-8 へ)も行いました。

この記事のURL | - | -
| 記事分類: 告知

更新等を暫定停止します

次の通り、当サイトの更新等を暫定停止します:

  • 記事更新を暫定停止。
  • 8月30日午前0時より、記事へのコメントとトラックバック・ピングの受け付けを暫定停止。

昨28日は、クラッカー(ハッカー)にページを改竄されるという憂き目に遭いまして、未明から深夜までトップ・ページがおかしなことになっていました。その間に閲覧した方はさぞ驚いたことと思います。

状況としては、 magadha.net をホスティングしている共用サーバ自体に攻撃がしかけられたようで、同じマシンを共用している所は magadha.net のみならずほかもやられていました。

ホスティング業者からは、本29日21時37分付で対策完了が宣言されていますが、クラッカーによる操作が極めて悪質かつ巧妙であったことから、再発防止のため、サーバを早期に移転する方針との連絡がありました。つきましては、データ移転の便宜のため、上記の通り計らうことにします。

再開時に追って報告します。

この記事のURL | - | -
| 記事分類: 告知

アソー化現象

「Yomiuri Online」 >> 「庶民派アピール?首相がレバニラ定食とギョーザ」

やることが、まるで、アソーな人の末期に似てきましたね。

ということで、今日詠んだ歌から一首:

君が代の永田にかぶる菅笠もひでり過ぐれば脱ぎつべしとは | |
[きみがよの ながたにかぶる すげがさも ひでりすぐれば ぬぎつべしとは]

「君が代の」は「なが」の枕詞。

この記事のURL | comments (4) | trackbacks (0)
| 記事分類: 雑記

《短歌》言葉狩り

障害を障がいと書く自分には差別ごころがないとうそぶく | |
[しやうがいを しやうがいとかく じぶんには さべつごころが ないとうそぶく]

言葉あるいは文字を抹殺すれば、事実から目を背けることができるという勘違い。言霊信仰の悪い側面。何の解決にもつながらない。フウイヌムの言語には悪を意味する語彙がないが、「ヤフー」で代用するにすぎない。

この記事のURL | comments (9) | trackbacks (0)
| 記事分類: 三十一文字

遅い

「Yomiuri Online」 >> 「財務相が為替介入示唆『必要時には適切な対応』」

今さら遅いんだよ、ボケが。そういうのは昨日言っておくべきことだろうが。このひと晩のうちにどれだけ国益を損なったと思ってるんだ?

この記事のURL | comments (0) | trackbacks (0)
| 記事分類: 雑記

「見守る」という間違い

「Yahoo!ファイナンス」 >> 「ドル・円は一時84円15銭まで円高進行、野田財務相会見には失望感」【フィスコ】

「財務大臣が緊急記者会見するらしいですよ」
「どうせ『見守る』『注視する』『状況を見極める』でしょ」

──と、知人と冗談を言っていたら、まさにそのまんまの会見内容になりました。

こんな会見なら、開かなかったほうがマシです。ハッタリでもいいから「介入を含めて検討に入る」と言っておくべきだったのに、これではかえって円高に拍車をかけています。

日本経済をつぶすのが財務相の仕事ですか?

この記事のURL | comments (5) | trackbacks (0)
| 記事分類: 雑記

臓器提供は布施行ではない

いらぬ身と人にあたへて悦ばば菩薩の行を軽んぜむなり | |
[いらぬみと ひとにあたへて よろこばば ぼさつのぎやうを かろんぜむなり]

他宗派では「臓器提供は布施行」などと言う僧侶も少なくないと聞く。そういう論じ方は適切ではない。「不要になったら誰かにくれてやる」というのは、布施行とはいわない。それを布施行と呼ぶのは、菩薩に対する冒涜である。

今日改めてネットで検索してみたところ、「臓器提供は布施行」と説く僧侶があまりにも多いことに慄然とした。公式にそう述べている宗派もある。

仏教における布施行とは、すなわち喜捨である。こんなのは仏教の極めて基本的な概念だ。「臓器提供は布施行」を公式見解にしている宗派は、仏教学科の1年前期の授業内容すら理解できていないのか。

人それぞれ熟考を重ねた上で、家族ともよく話し合い、提供したければ提供すればいいし、提供したくなければ提供しなければいい。いちいち「布施行」という仏教語を誤用してまで正当化する必要はない。

この記事のURL | comments (2) | trackbacks (0)
| 記事分類: 思惟 > 帰依三宝

『枕草子』より「七月ばかり、いみじう暑ければ」の段、私訳

陰暦七月(陽暦8月中旬から9月上旬ぐらい)の頃はひどく暑いものだから、戸も窓も開け放したままで夜を明かすのだが、寝覚めた時、外に月が見えるというのも風情のあることだ。闇もまたいい。もちろん、有明の月の佳さなんて、わざわざ言うのも愚かである。

女官の局の、板間の端の近く、外に面した辺りに鮮やかな畳一枚を敷いて、三尺の几帳を奥のほうに押しやっているとは、これはつまらない。几帳は端にこそ立てるべきだ。きっと外の目よりも、奥の目を気にしているのであろうよ。

彼氏はもう帰ってしまったのだろう。女は、裏地は濃紫、表地は薄紫であまり色あせていない、艶やかな深紅の綾織り模様、糊の利いた衣を、頭まで引き上げてかぶって寝ている。香染の単衣、もしくは黄の生絹の単衣、紅色の単衣を着ているが、袴の腰紐が長々と衣の下から引かれているのも、ほどいたままと見受けられる。かぶった衣からあふれた髪が、そばに重なってゆったりしているところ、その長さが推し量られる。

さて、どこからの朝帰りであろうか、男が一人、早朝の濃霧の中から現れる。二藍の指貫に、ほのかな香染の狩衣、白の生絹に紅が透けているようなのは悪くない。霧にすっかり湿ってしまった艶やかな衣を脱ぎ、少し乱れた鬢を烏帽子に押し入れている様子も、しどけなく見える。

朝顔の露が落ちてしまう前に文を書こうと、帰り道にも和歌を思案しながら「麻生の下草…」などと口ずさみつつ、自分の住まいのほうへ向かう途中、格子の上がっている例の局を見かけたので、簾の端を少し引き上げてのぞき見る。「これは彼氏が起きて帰っていったものと見える。その男も私のように、朝露によせて文を案じたりしているだろうか」と思う。

しばらく見回していると、枕の上のほうに、朴の木の骨に紫の紙を張った扇が広げられたまま置いてある。陸奥紙の畳紙を細くした、縹色か紅色かに少し染めた短冊も、几帳の下に散らばっている。

人の気配を感じた女が、かぶっている衣から顔を出してみると、男が笑って長押に寄りかかって座っている。疎遠な間柄ではないが、かといって恋人同士のように打ち解ける気持ちもしないので、「変なところに来るんだから、もう」なんて思う。

「こよなき名残の朝寝でいらっしゃるね」と男が言いつつ簾の内に半ば入ってくると、「露が置くより前に帰ってしまう彼氏が憎たらしくて」と女が言う。風流なことでもないし、とりたてて書くべきことでもないが、こんな会話をする様子は悪くない。

枕の上のほうにある扇にはどんな後朝の歌がつづられているのかと、男は取り寄せようとするが、女はちょっと近すぎはしないかとドキドキして、思わず引き下がる。男は扇を手にして見たりしながら「そんなにお疎みにならなくても」と、ちょっと怨み言めいたことを言う。そのうちに明るくなってきて、人々の声もし、日も出てしまうだろう。霧の薄れないうちに急いで書こうと思っていた文も、遅れてしまうことが後ろめたい。

この局から先刻帰っていった彼氏も、いつしか、露に濡れたままの萩を折って文を付けて女によこしてきたのだけれど、こんな状況だから、やって来た使いの者もそれを女に差し出せない。香を薫き染めた紙の風合いは、とても風流である。ずいぶんきまりの悪い事態になったので、男は局を立ち去り、「自分が出て来た彼女の閨でも、今こんなことが起きていたりして」などと思いやられるのも、また風情であろう。

付記

ちょうど今ぐらいの季節の話。

高校の古文の授業でも、こういうのを教材にしたほうが、古文嫌いが減るのでは。事あるごとに涙で枕が浮くほど泣く『源氏物語』とか、女性の苦悩を赤裸々につづる『蜻蛉日記』とかも悪くないが、私はやはり『枕草子』が平安トレンディな感じでかっこいいと思う。

この段に出てくる男女は、たぶん元カレと元カノ。それにしても、平安時代はずいぶん開けっぴろげだったんだなぁと思う。だって、これ、宮中の女官の局の話だよ。

※原文テクスト: 「『枕草子』(三巻本)」

この記事のURL | comments (0) | trackbacks (0)
| 記事分類: 思惟