「俺たちへの世間の風当たりが強くなってるの、まずいんじゃないかな。連休明けには活動を再開したいし、選挙に影響するから何とかならないかってあの方も言ってるらしいんだけど」

「どうせうるせえのはネットの連中だけだろ。シンポーもタイムスも電波もちゃんと抑えてるから問題ねえよ。投票に行く爺さん婆さんたちはネットなんか見ねえし、何も知らねえさ。それに、SNSの話は嘘ばかりって、党員にせっせと広めさせてるしな」

「そうは言っても最近じゃSNSも無視できないぞ。騒ぎが大きくなると手がつけられなくなる。特にあの遺族が余計な情報発信をしてやがるからな」

「しょうがねえなぁ。じゃあとりあえず、ネットではテキトーに対策っぽいことでもしておくか」

──というようなやりとりがあったのだろうと想像してしまいますね。

遺族に直接謝罪しようともしていなくてごめんなさいとウェブでコメントするだけで遺族に直接謝罪したのと同じことにしようという、何とも姑息な技を思いついたのはある意味すごいですが、それで済ませられるという感覚はまるっきり浮き世離れしていますね。俺たちは崇高な目的のためにケンリョクと戦うセーギノミカタだから絶対に間違ってはいない、絶対に謝ったりするものか、全部悪いのは政府なんだ、というすさまじい執念が行間からひしひしと伝わってきます。そうでなかったら、もっと違う書き方があるはずなので。

ウェブにそんなテキトーなコメントを書いている暇があったら、さっさと京都へ行って学校関係者と遺族に頭を下げてこいや。まあ、今さら手遅れだとは思いますけどね。

毎年この時期は〈灯油をうまく使いきれるかどうかチャレンジ〉に挑むわけですけど、先ほど石油ファンヒーターから、間もなく灯油がなくなるアラートが鳴り始めました。今春は一番いいタイミングで灯油を使いきることができそうです。

余った灯油は次の冬に持ち越せないので、使いきっておかないといけませんよね。とはいえ、俗に「八十八夜の別れ霜」とも言うように、5月の頭ぐらいまではたまに冷える日もあります(ちなみに今年の八十八夜は明日、5月2日)。寒いのが苦手な私としては、たとえ一日二日であろうと寒さを我慢するぐらいなら、廃油にすることになるのを覚悟の上で多少余るように買っておくことを選ぶのですが、とはいえ無駄に捨てる分はないに越したことはありません。ですので、灯油の残量と週間天気予報をにらみながら、少しでも気温が低めの日は石油ファンヒーターを回し、少々暑くても〈夏に向けて体を最適化するため〉という理由付けで過ごしたりしてきました。

当地埼玉は一昨日からやや肌寒い感じが続いていましたが、天気予報によればそれも今日までのようです。明日からははっきりと初夏、日によっては夏日もちょくちょくという感じになりますね。今日はまさに灯油を使いきるのにちょうどいい日です。これから夜に多少冷えても電気ファンヒーターでしのげる程度でしょうし。

どうにも腹立ちが治まりません。あの人でなしどもには、日に日に嫌悪が増すばかりです。

辺野古沖船転覆事故で亡くなった武石知華さんの遺族が、次のように書いています:

一方、日記で記した数日間に登場しない方達がいます。
書きたくても書ける内容が無い人たちです。

平和丸の船長、乗組員、ヘリ基地反対協議会その他の関係責任者達

沖縄にいる間、知華や私たちへ対面しての直接の謝罪、面会可否の問い合わせ、託された手紙、弔電、何ひとつありませんでした。学校、ツアー会社、中城海上保安部のいずれのルートでも問い合わせがなかったことを確認しています。

私はこれを、どう理解すれば良いのでしょうか。

「事故後からの流れ 3月19・20日」 << 「辺野古ボート転覆事故遺族メモ」]

これに対し、共産党書記局長の小池がこんなふうに言っています:

小池氏は、船を運航する「ヘリ基地反対協議会」に共産党の地区委員会が加盟していることに改めて触れ、反対協も党もおわびを表明していると説明。反対協はきちんと謝罪していない、とのネットでの批判に反論する形で「謝罪は事故の当日に行われている」と述べた。

「謝罪は事故当日に行われている」と小池が言うところの、事故当日の謝罪とはこれのことです:

この5人のカツドーカどもの様子を見て、まともな「謝罪」だと思える人はいるでしょうか。いわんや〈遺族に直接面会しての謝罪〉に等しいものだと思える人なんているでしょうか。

時系列的には、まさにこの会見(3月16日午後8時20分ごろから約45分間)が行われている最中に、遺族のうち母親と姉が沖縄入りしており、海上保安庁から説明を受けるなどしてから同10時過ぎに遺体と対面しています。その後、同志社国際高校の教頭から謝罪を受けています。なぜその場に、会見を終えたカツドーカどもが駆けつけていなかったのでしょうか。

そして、あいつらはいまだに遺族に顔を見せていません。

人でなしを、人の心がないのかと非難するのは、むなしいことのような気もしてくる昨今です。

カツドーカどもは社会常識がないどころか、人間として大きな欠損がある連中としか言いようがありません。

X (旧Twitter) を見ていると、ふだんは冷静な物言いをしている人たちも、辺野古沖船転覆事故に関しては日に日に感情的になりがちなのを抑えられない部分が見えます。ええ、気持ちは分かりますよ。本当に、カツドーカどもやその周りの連中の人でなしっぷりが、日に日に明らかになってくるばかりなのですから。

そして──相変わらずオールドメディアはろくに報道しません。熱を入れて海上保安庁などにもしっかり取材した上で質の良い記事を出しているのはほぼ産経だけで、週刊誌とネットメディアが補助的に関連情報を拾い、その他の新聞やテレビはベタのコタツ記事ばかりテキトーに出しているというありさまです。ひと月以上たってもこれです。だって、例えば、週刊誌やネットではさんざん言われている、事故当日の記者会見にカツドーカどもが薄汚い格好で出てきて偉そうに椅子にふんぞり返っていたりしたのを、新聞やテレビが少しでも叩いているのを見たことがありますかね。ないですよね。

辺野古沖船転覆事故で亡くなった武石知華さんの遺族は、彼女が沖縄研修旅行で辺野古沖コースを選んだ理由について、このように書きつづっています:

知華自身も、このコースの背景をほとんど理解していなかったようです。妻が「なんで辺野古を選んだの?」と聞いた際、彼女はこう話していました。 「美ら海水族館に行きたいんだけど、美術館で怖い絵を見るよりかは、お友達と綺麗な珊瑚礁を見る方が楽しそうじゃん」

【Fコース】ボートに乗って海から辺野古を見る → 美ら海水族館

彼女にとっては、ただそれだけの純粋な選択でした。

「沖縄研修旅行の異質さ」 << 「辺野古ボート転覆事故遺族メモ」]

それを踏まえて、こちらの記事を読んでみましょう:

なお、共産党は民主集中制とか称する独裁体制を採用しているので、小池が言っていることは彼個人の意見ではなく共産党の総意です。つまり、共産党は「平和の問題を一生懸命勉強して、沖縄まで来られた方が、ああいった形で命を落とされ」たものと認識している、あるいはそれが実相だと強弁する方針を選んだわけです。

事実を歪曲した上で事故を自分たちに都合よく政治利用しようとしているのは明らかですが、その同じ口で、自分たちへの批判に対しては「事故を利用してはいけない」だのと抜かしてもいます。

遺族の方々はブチキレていると思いますよ。

あと、記者会見で詫びましたよとかどんな言い訳をしようと、カツドーカどもが遺族に直接謝りに来ようともしていないという事実は変わりません。カツドーカどもや共産党員などは社会常識がないので分からないのでしょうが、事故直後に遺族が沖縄へやって来た時点でカツドーカどもは馳せ参じて土下座の勢いで謝罪すべきだったのであり、半月以上もたってから弁護士を通じて謝罪の調整をしているとか言われてもアホかという感じです。また、船長は実況見分のあとスナックで酔っ払って楽しいひとときを過ごしていたとか、もう一人の乗組員は事故翌日から元気に抗議活動を再開していたとかいう話を聞くと、もう──。