共産党の元党員で灘民主商工会(民商)の元事務局員の、東郷ゆう子氏が同党と同民商を相手に起こしている2件の訴訟のうち、後者の訴訟で全面勝訴したとのことです。

私がざっとネットで見渡したところ、22時現在、報道媒体でこの件を扱っている所は一つもありませんね。結構大きな話なのに、どこも触れないというのはちょっと気味が悪いです。せめて明日にでも兵庫の地方紙とかが扱ってくれればと思いますが。

さて、事件の背景を知らない人には残念ですけれども、とにかく情報量が膨大になるので簡潔に説明できません(笑)

それでもあえてかなりざっくり乱暴にまとめますと、共産党に入党し灘民商に就職した東郷氏が、民商から党へ出向した上で兵庫県議選に党公認候補として出馬し、落選したあと、あれやこれやとさんざん濡れ衣を着せられて民商から不当解雇され党から不当除籍されたので、双方に対し訴訟を起こしたうちの民商のほうの件でこのたびめでたく全面勝訴の判決を得た、という話です。あとは党のほうですね。

東郷氏が夫とともに X (Twitter) やYouTubeなどで、党と民商の裏側を暴露しまくってくれているので、購読を勧めます。はっきりいって常識では考えられないどころではないすさまじく真っ黒な話がてんこ盛りですよ。何てったって共産党ですから。

共産党って本当に恐ろしい組織です。決してあんな連中に政治権力を与えたりしてはいけません。選挙では一議席たりとも取らせてはいけないのです。

このたびのロシアといい先日の中共といい、かまってちゃんっぽくちょっかいを出してくるのは、自民党総裁選への牽制のつもりなのでしょうか。まるっきり逆効果としか思えないのですが。

ところで自民党総裁選といえば、少なくとも3強に関しては、その政策や主張の個々について考察する以前に、そもそも政治家としてきちんと発言できているか、総理大臣になるべき者としてまともに受け答えができているかという基本的な線で判定するに、一次審査を通過できるのが1人しかいないのは明らかです。これは、公党の中で政権を担う能力を有するのが自民党しかないのと、よく似た状況ですね。

昨夜のNHK大河ドラマ「光る君へ」第36回「待ち望まれた日」では、タイトルの通り藤原道長にとっては待ち望んでいた、そして藤原伊周にとっては呪い続けていた、中宮彰子の懐妊と出産をめぐる話が展開しました。彰子が漢文を習いたいと言い始めたりして、次回以降はいよいよ藤壺サロンがにぎわい始めることでしょう。藤式部(紫式部)や赤染衛門だけでなく、あかね(和泉式部)や伊勢大輔も加わることになります。

彰子の養子として育てられた敦康親王は、敦成親王が生まれたあとに立場が揺るぎ、これにより藤原道長と彰子の対立が発生することになりますが、その布石となる場面も早々に挿入されました。このあたりはかつての藤原兼家と女御詮子(女院)の父娘の確執に似た要素もあるように思われるので、今後そういう描きかたをするかもしれません。

敦成親王の誕生ののち、折々に詠まれた和歌がありました。どれも知らなかったので検索して確認してみました。

まず、藤式部が月をながめつつ詠んだ一首──

めづらしき光さしそふさかづきはもちながらこそ千代もめぐらめ
[紫式部]

ただし、実際はドラマのように独り言っぽく詠んだのではなく、祝宴で詠んだ歌だそうです。「さかづき」は「杯」に「月」を掛け、「もち」は「持ち」に「望(月)」を掛けています。状況が異なりますから、ドラマで藤式部自身が語ったような意味とは実際はやや違います。

話は進みまして、敦成親王の五十日いかの儀、そしてそのあとの祝宴です。無礼講で大騒ぎとなり、男たちの乱痴気騒ぎにビビる女房たち、そんな中で例の有名な「あなかしこ、このわたりに若紫やさぶらふ」(『紫式部日記』)の様子も。ドラマでいえば「このあたりに若紫はおいでかなぁ。若紫のように美しい媛はおらぬなぁ」とやって来た酔っ払いの藤原公任に、藤式部が「ここには光る君のような殿がおられませぬ。ゆえに若紫もおりませぬ」(今ここにいるのは酔っ払いの馬鹿男どもだけですよ)とキレ気味に返したわけですが、これは実話です。あ、そうそう、藤原顕光が几帳を壊していたのも実話だそうです。あのボンクラ右大臣、ほんとに馬鹿だわ。

と、そこで、藤式部が道長からいきなり「何ぞ歌を詠め」と振られて、詠んでみせた一首──

いかにいかが数へやるべき八千歳やちとせのあまり久しき君が御代をば
[紫式部]

なお、こういう場で和歌を詠む場合、今回のようにつぶやきっぽく詠むのではなく、ちゃんと朗詠するものですよ。きっと実際はそうしたはずです。「いかに」は「如何に」に「五十日に」を掛けています。この歌における「君」は敦成親王を指していますが、道長をも指しているかもしれません。あまりに見事に詠んでみせたもので、他の女房が「用意してあったのよ」と陰口を言っていましたけど、まあ、藤式部ぐらいの立場の女房であれば歌を詠めと言われるのは予想されることではあるので、実際に用意してあったとしても不思議ではないし普通のことでしょう。ドラマでの藤式部は本当にいきなり無茶振りされた感じではありましたが。

それよりもびっくりしたのが、即座に道長が返歌を詠んでみせたこと、しかもそれが実話だということです。

あしたづの齢しあらば君が代の千歳の数もかぞへとりてむ
[藤原道長]

この歌は何がすごいかというと、紫式部の歌が「五十日」「八千歳」という数字や時間を入れたのを受けて、「千歳」という年数に「あしたづ」(鶴、つまり千年)を持ってきた、というところであるのはもちろんですが、それに加えて、そもそもあの和歌ド下手の道長が当意即妙にこんな返歌ができたというのがびっくりなのです。

実話としてもびっくりなのですから、ドラマの中では当然みんなびっくりするわけですよ。そして、源倫子と赤染衛門に不穏な疑惑を抱かせるに至り──次回予告、という終わりかたでした。何だこの昼ドラは(笑)

いつも政府や自民党に対して何かといえば説明責任がどうのこうのと詰め寄る人が、説明責任を求められる側になったとたんにこれですわ。

[青木理氏の「劣等民族」発言が]炎上騒ぎになっていることに対し、青木氏はどのように思っているのか。発言の真意などを尋ねようと、本人の携帯電話に取材を申し込んだが「取材は受けつけていません」とのことだった。

まあ、駄目野党や似非リベラルってふだんからそういう感じなのですが、この人のこの件はとても分かりやすい例になっていると思います。説明責任を追及するのは自分たちの階級特権だと思っているのですよ、こういう人たちは。

曲がりなりにも報道や言論を生業にする人が、居酒屋の個室での仲間内の飲み会で酔っ払ってクダを巻いている時ならまだしも、大っぴらな媒体で「○○人は劣等民族」などと放言すれば、「○○人」にいかなる民族名や人種名が入れられたものであったとしても、一発でありとあらゆる仕事を干されて当然の問題発言行動であるのは言うまでもないことです。が、きっと青木氏はこれからもテレビに出たり新聞に記事を書いたりして食い扶持を得続けるのでしょうな。最近の旧媒体の様子を見ていると明らかにおかしいので。