辺野古沖船転覆事故の船長がアレなことを言っているようです。

名護市辺野古沖で「不屈」と「平和丸」の船2隻が転覆し、2人が死亡した事故を巡り、救助された平和丸の船長がスマートフォンを海でなくして通報できなかったと話していることが24日までに分かった。

船長や乗組員がクソの役にも立たず、生徒たち自らが118番通報して的確に対応した、という産経の報道を打ち消してカツドーカを擁護すべく、沖縄タイムスが意気揚々と出した記事なのでしょうが、アホかって感じです。

海難事故の通報、救助要請のタイミングとしては、1隻目「不屈」が転覆した時ですが、2隻目「平和丸」の船長はこの時スマホを海でなくしていたと話しているわけです。〈はあ?〉って感じですよね。

百歩譲って、仮に「平和丸」船長がそこまでの行程のどこかですでに手を滑らせてスマホを海に落としてしまっていたのだとしても、高校生の乗客10名を乗せている船が船舶無線を積んでいないのかよっていう話になります。ちなみに、4年前の知床遊覧船沈没事故の際には「KAZU I」の船長が、船のバッテリー切れで無線が使えなくなったあと乗客から借りた携帯電話で交信しています。

それにしても、次から次へと下手な言い訳だけはよく思いつく連中ですね、カツドーカってのは。事故を天候のせいにしようとしてうまくいかず、海上保安庁のせいにしようとしてもうまくいかず、船長が表に出てこないのを精神状態のせいにしようとしてうまくいかず、遺族への直接謝罪がないのを連絡ミスのせいにしようとしてうまくいかず──今度は船長が118番通報しなかったのをスマホをなくしたせいにしようとして盛大にコケています。

社会常識が全くない奴らなので、そんな下手な言い訳が世間に通用しないということすら分からないのでしょうな。

アメリカでは速度違反で捕まったときの言い訳で一番多いのが「トイレに行きたかった」というものだと聞いたことがあります。あの国なら、高速道路をかっ飛ばして1時間以上何もない、休憩所があってもトイレが併設されていない、というような状況はあり得るので、いかにもあの国らしいなと思ったものです。

しかし、日本の市街地の一般道では、深夜とか未明でない限り通用しない話ですな。記事を読んだところ、17時半ごろ、恐らく制限速度時速40キロの道を、77キロで走っていたとのことです。

予告されていた通り、辺野古沖船転覆事故に関して文科省が学校側への調査に入りました。

こういう調査は通常、管轄する教育委員会によってなされるものであり、本件も当初は京都府教委が調査していましたが、学校側から出てくる情報がまるで満足なものではなかったため、文科省が業を煮やして直接調査に入ることになりました。教育行政に詳しい方々によれば、文科大臣の口から特定の学校名が出た上に、文科省職員が直々に学校への調査に赴くのは、極めて異例のことだそうです。

となれば、学校側としてはかなり危機感を持ったほうがいいと思いますけど、実際かなりふざけているという印象しかありません。本件については辺野古のカツドーカどもの人でなしっぷりがひどすぎて日に日に嫌悪感が増すばかりですが、学校側もまたこれが本当に教育者なのかと思うほどの人でなしです。自校の生徒が修学旅行中に学校側の杜撰な安全管理のせいで亡くなったにもかかわらず、追悼ミサどころか1分の黙祷もしないまま平常運行に戻っています。始業式での校長の発言には、国会でも怒りの声が上がっていました。

辺野古沖船転覆事故に関連する情報は日々更新されていますが、いかんせん産経以外がほとんど報じないためあまり世の中に知られていない感じがします。そうそう、産経が抜きん出ているのはイデオロギーによるものだと思っている人が多そうですけど、実は担当記者が知床の「KAZU I」の事故を取材していた人であるため熱が入っているという事情があるそうです。

辺野古のカツドーカどもが過去にいろいろやらかしているという話は、SNSやYouTubeにアンテナを立てている人ならそこそこ知っているようなことですけれども、一般的な認知度はあまり高くないかもしれません。まあ、はっきり言ってあいつらは反社だと認識しておくのがよいと思います。

事故当時の様子についても情報が出てきています。

現場ではカツドーカの船長や乗組員がクソの役にも立たず、さすが同志社国際高校だけあって優秀な生徒のみなさんが自分たちで的確に対応したという話は、これまでも保護者説明会での発言などからも漏れ伝わってきていましたが、海上保安庁などへの取材でより詳しく明らかになった形です。記事を読んでみれば分かりますが、生徒さんの118番通報などは本当に見事で感服します。すばらしい生徒さんたちです。

辺野古沖船転覆事故に関するオールドメディアの報道が相変わらず欠乏していますが、幸いなことに今の時代の私たちにはネットというものがあります。

本来こういった事柄を取材して広く人々に知らしめるのは、報道の仕事です。今、辺野古の件に関しては、報道が報道の仕事をしていません。

報道の情報が薄すぎる一方、SNSでは細切れに重要な情報がしっかり出回り、こうして新たな事実が少しずつ出てくるに従って、ひたすら不気味な静けさを保つオールドメディアに人々は着実に不信感を強めるに決まっています。新聞やテレビの人間たちは危機感がなさすぎます。

そして──あのカツドーカどもは、沖縄2紙さえ手なずけておけば、好きなように事実を歪曲して小説を創作することができると思っていたのでしょう。ネットで騒いでいる奴らなんか放っておけばいい、どうせすぐに風化する、と思っていたのでしょう。残念でしたね、風化するどころかむしろますます盛り上がっていますよ。カツドーカどもの実態なんかバレバレですってば。あの小汚い老人たちは昭和の感覚から抜けきれていないようです。