私は原作漫画をほとんど読んでいなくて、中学生の頃にテレビアニメの再放送なんかを見ていたのですが、その頃の私には妙に哲学的なテーマがよく分からなかったですね。むしろ二十歳ぐらいで見た時のほうが理解できました。そういう意味では、上記記事で『銀河鉄道999』を読んでいる女子大生も二十歳ということで、ちょうどよいのではないかと思います。

機械の体を手に入れて永遠に生きたいか、などという話は小中学生にはちょっと分かりませんからね。

私は「終わりなき夏の物語」というエピソードが好きで、たびたび思い起こします。時は今まさに終わりなき夏ですねぇ。

昨夜のNHK大河ドラマ「光る君へ」第35回「中宮の涙」においては、前回の第34回「目覚め」で文字通り大人として目覚めた中宮彰子が、思いを一条天皇にぶつけるという締めがありました。予告で使われていた場面なので分かってはいましたけど、まさかのいきなりのあのド直球にはびっくりしましたよ。

ああいうのは平安時代のセオリーとしては、色付きのカワイイ紙に恋歌をしたためて贈るという、かつて本作初期に藤原詮子が円融天皇に対してとったような方法が普通でしょう。真っ昼間に、そばに女房たちも控えている中で、帝に面と向かって泣きながら大声で「主上、お慕いしております!」って──。そりゃあ一条天皇としても呆気にとられつつ「また来る」と言い残して去るのが精いっぱいというものです。藤式部(紫式部)も目を丸くしていましたし。まあ、恐らく現代の恋愛ドラマふうの要素をあえてぶっ込んでみるという、脚本家としては思い切った冒険をしてみたところなのでしょう。

さて、今のところ出番は少ないもののしっかりポイントを押さえているあかね(和泉式部)が、今回は恋仲にあった敦道親王を亡くした直後というタイミングで登場しました。一応補足説明をしておきますと、和泉式部はまず橘道貞という人と結婚し、「大江山いくのの道の‥‥」で有名な小式部内侍を産み、その後は為尊親王とのものすごい身分差恋愛に燃え、彼が病死したあとはその弟の敦道親王に言い寄られてまた大恋愛をするという、恋に生きた女です。今回はその敦道親王が亡くなった直後だったわけです。

今回も『和泉式部日記』からの和歌が引かれていました。

ものをのみ乱れてぞ思ふたれにかはいまは嘆かむむばたまのすぢ
[和泉式部]

ドラマでは三句を「たれかには」と言っていましたが、検索してみたところ文献では「たれにかは」です。もしかしたら「たれかには」としているものもあるのかもしれませんが、「-かは」は強い反語なので「たれかには」にすると微妙にニュアンスが変わる気がします。

あかねの歌を聞いた藤式部は、敦道親王との思い出を書き残してみてはどうかと彼女に勧めます。はい、『和泉式部日記』爆誕という次第。このドラマの脚本では、清少納言が『枕草子』を書いたのも、和泉式部が『和泉式部日記』を書いたのも、藤式部の助言によるものとしたわけです。ちなみに『和泉式部日記』の内容は結構セクシーな風味なので、高校の古文で題材にすると生徒の食いつきがよろしいのではないかと。

ドラマではあかねの次に、藤式部の弟である藤原惟規の恋の場面が出てきました。この男、かなりヤバい所に踏み込んでしまいましたよ。前回、神の斎垣を越えるかもなどと言っていましたが、本当に越えてしまいました。相手は斎院宮に仕える女房で、『紫式部日記』に「中将の君」と記されています。なお、ドラマでは惟規が身柄を拘束されて歌を詠んだら解放されたと言っていましたが、実際は解放されてその礼に詠んだのがあの歌だったようです。知らなかったので検索してみました。

神垣は木の丸殿にあらねども名のりをせねば人咎めけり
[藤原惟規]

藤式部が即座にこき下ろしていた通りで大して良い歌とも思えませんが、惟規が言っていたように天智天皇の本歌取りなので教養を示す効果はありました。これも一応検索してみました。

朝倉や木の丸殿にわがをれば名のりをしつつ行くは誰が子ぞ
[天智天皇]

このくらいの古歌なら丸暗記していますよ、というのは素性の怪しい者ではないことを示すのに大事なことなのですよね、ああいう場合。

身分違いの大恋愛に身も心も燃えるあかね、そして神の斎垣を越える禁じられた恋に挑む惟規ときて、そこからの中宮彰子の大人の大勝負というのが今回の流れです。先にも書いたようにあのド直球にはびっくりしましたが、唐突ながらあの驚愕の場面を持ってくるための流れが、今回は練られていたように思いました。

DVと聞いて、加害者が男性、被害者が女性、と勝手に思い込むからこういうことになるわけですよ。

しかも、システムがアラームを発しているのに、職員がよく確かめもせずにアラームを切って作業を進めてしまいました。

なににつけても女性が弱者で被害者であるという固定観念は、今の時代には捨てたほうがいいですよ。これ、例えば、キャバクラに金をつぎ込んで借金まみれになる男はアホ扱いされるのに、ホストクラブに金をつぎ込んで借金まみれになる女はなぜかヒガイシャとみなされるという、最近のゆがんだ風潮にもつながっています。

これは俄然おもしろいことになってきましたね。

上位2名の決選投票になった場合、相手が誰であろうと石破氏が負けるに決まっていますから、この数字のままでいけば高市氏が当選することになります。1回目投票で石破氏が1位である限りは、2位につけた候補が最終的に当選するわけですから、こういうのは2位につけておけばいいのです。

今回の総裁選は、仕事のできそうな人間を選ぶのであれば消去法的に高市氏になるのは元から明らかな上、告示日のスピーチでそれがさらにはっきりしましたし、小泉氏は口を開けば空虚さばかりあらわになるので、こういう数字の動きになるのは必然でしょう。あとは、変なスキャンダルが出てきたり、変な失言が出てしまったり、築地の紙あたりがいつものように悪意のある切り取り報道をしたりすると、また動いてくると思います。

立憲民主党って、本当に頭が軽いとしか思えませんね。

同党の代表選に野田氏と枝野氏しか立候補しないのでは、いつも自民党に難癖をつけているのが全部ブーメランで返ってきてしまうので、若いのやら女性やらもそろえるために推薦人を融通し合い、それも水面下でやればいいのに表に出してしまうとか、何をやっているのやら。

そのことに呆れていたら、さらに馬鹿馬鹿しい話が入ってきました。

代表選の立候補者たちが能登半島地震の被災地を視察し、復興についての討論会をしたそうです。

もし私が災害被災地の住民だったら、そこに駄目野党の代表選立候補者一行がやってきて視察(というか見物)したあと、私の壊れた家の前で好き勝手に30分かそこら復興がどうのこうのと討論ごっこなんぞをして党代表選盛り上げアピールを見せてから東京へ帰っていったら、ちょっとキレ気味になると思いますよ。

例のあの画像をまた貼っておきましょうか。

画題:「お前ら何しに来たんだよ」

立民党に政権担当能力がないことが繰り返し再確認されてしまいました。