次の総理大臣にふさわしいのは誰、みたいな世論調査というかアンケートのたぐいでは、ここ数年は決まって石破氏が1位だったのに、ほんの短期間でサラッと変わってしまいました。

やれやれ、メディアでの小泉氏の扱いが増えたら、すぐにこれですわ。本当に大衆って節操なく簡単に流されるものなのですね。というか、あるいは、もし小泉氏が自民党総裁になってしまったら、大方は田中龍作氏のせいという気もしますけど。

まあ、小泉氏ならば少なくとも石破氏や河野氏や石破氏あるいは石破氏よりはマシなので、そこは良しとしておきましょうか。

日本航空(JAL)が乗客の搭乗に要する時間を短縮すべく、新たな方式を採り入れたようなのですが──

これまで‥‥乗客は大きく4段階で乗り込んでいた。上級会員の「グループ1・2」、40番より後ろの座席と非常口座席の「グループ3」、20番より後ろの「グループ4」、全員が対象の「グループ5」だ。

これに対して新方式では、「グループ3」の段階で、40番より後ろの座席と非常口座席に加えて窓側席(A列、K列)の人に乗ってもらい、グループ4で全員に乗ってもらう。

航空機の座席配置がよく分からないという方は、JALの国内線でのエアバスA350-900の座席配置図なんかを参考にしてください。

さて、新しい搭乗方式であれば、乗客全員が乗り込むのに要する時間が短縮されるというのは、理屈の上ではよく分かります。しかし、乗客というのは人間の集団ですので、そううまくいくのかと疑問点もあります。

例えば、38の左舷窓側からA、B、C、そして通路を挟んでDを押さえている家族連れ4人がいるとします。新方式の場合、38Aに割り当てられている1名だけが〈グループ3〉扱いで先に搭乗し、残り3名はあとから〈グループ4〉として搭乗することになります。それってどうなのよ、という感じですね。

まあ、JALとしてもそういう状況はもちろん想定しているでしょうから、搭乗案内の現場でゆるく対応するとは思いますけど、50秒の短縮のためにそこまでキリキリやる必要があるのかどうか、私としてはなお疑問です。

ええ、全くその通りですよ。すべてその通りです。

私が常日頃から言っているように、駄目野党は居酒屋政談しかしませんからね。これを見ても分かります。

自民党総裁選のたびに政策論争は自民党内で概ね事足りることが確認できますし、立民党代表選のたびに立民党には政権担当能力がないことが確認できます。酒を飲んで管を巻いてジミントーのバーカとか言っているだけの連中に、政治なんかできるわけがありません。まあ、そんな立民党でも、党代表を選挙で選ぶだけ、どこぞなんかよりはまだましといえますけどね。

昨夜のNHK大河ドラマ「光る君へ」第34回「目覚め」では、藤式部(紫式部)の『源氏物語』執筆が進み、「空蝉」のところどころがいろいろな人によって朗読されました。

当時は本屋に行けば本が買えるわけではありませんので、写本が手に入るのを待つしかありません。写本作業にはそれなりに時間がかかりますし、そもそも紙が貴重です。ということで、仕えている姫さまからのお下がりなどで運良く希少な写本が手に入ったら、数人が集まって朗読会となります。一人が朗読して周りがそれを聞くという場面が今回出てきましたが、まさにあれです。「空蝉」の写本がすでにいくつも出回って評判になっているということは、藤式部は目下「夕顔」あたりまで書き終えている頃のはずです。もっとも「夕顔」は、先行して書かれていた読み切りものの手直しだったという説がありますから、事実上の執筆は「空蝉」から飛んで「若紫」に進んだとも考えられます。

「若紫」──そう、あの巻です。あのくだりが生まれる時がついに来ました。藤式部が幼少の頃に藤原道長と出会った時のことを思い出し、もし彼のそばで生きてくることができたらどんな人生だったかなどと考えつつ、庭の雀と女房の姿をぼんやりながめていた時に、かの名場面は降ってきました。

「雀の子を犬君いぬきが逃がしつる。伏籠のうちにこめたりつるものを」とて、いと口惜しと思へり。
[『源氏物語』]

本作では「『雀の子を犬君が逃がしてしまったの。籠を伏せて閉じ込めておいたのに』と、たいそう悔しそうにしています」と訳されていました。

『源氏物語』最上のヒロインが満を持して登場です。光源氏が生涯を通して最も愛した女性、しかし嫡妻にはなれなかった女性、それが紫の上(若紫)です。藤式部は、もしかすればあり得た自分のもう一つの人生を、紫の上に投影させたということですね。これは第1回から何となく想像のついた筋ではありましたが、こうして見事に伏線が回収された今回は感慨深いものがありました。

さすがは、国民の人権を踏みにじり生命と財産を脅かす、国家と国民の敵、独裁主義と恐怖政治指向のファシスト集団である共産党の支援を受けて東京都知事選に出た人だけのことはあるな、という感じですが。

まだやっていたとは(笑)(震)

ちょっと自分を批判しただけの新聞記者を、元国会議員の威を笠に着ていつまでも執拗に追い込みつぶしにかかるような人間が、首都の知事になったりしなくて、本当によかったとつくづく思います。

この件からも分かる通り、選挙は大事なのです。間違ってもこういう人間が政治の力を持って自由と民主制を蹂躙することのないよう、我々はしっかりと監視し見極めて投票行動をとらなければなりません。