広陵高校が野球部の暴行事件を否定するたびに新たなネタが提供されるという、よく出来たコントみたいな状態になっています。

話がややこしくなってきたので簡単にまとめますと、目下のところ広陵高校野球部の暴力事件として取り沙汰されているのは以下の3件です:

  • 事案A: 2025年1月
  • 事案B: 2024年
  • 事案C: 2015年9月

メインとなっているカップ麺が云々の話は事案Aで、このたびの上記記事は事案Bについてものです。記事に書かれている通りだとすれば、被害者がひどく精神を病んでしまっているのは明らかです。

新聞やテレビは相変わらず広陵高校大本営発表を垂れ流すだけで、被害者側の主張はろくに出していないので、そういう旧媒体でしか事件を知らない人は、暴力といってもどうせちょっとした平手打ちとか足蹴りとかのことだろうなどと思っているかもしれませんが、実態は全然違いますよ。命に関わりかねないことばかりです。

広陵高校野球部に絡んで昨日、ついに〈文春砲〉が撃たれていたようですね。また新たな事案です。

そして広陵高校側の対応はというと、報道された内容を同日中に全否定してみせるという、これがまた例によって最悪手としかいいようがないものでした。普通に考えてこういうときは、とりあえず「本校として把握している内容とは異なる、あるいは把握していない事案であるため、念のため詳細を確認中です」としておくのが無難でしょう。だって、10年前の出来事についてそんな短時間で全否定の声明を出してくるのって、全然調べていないし調べる気もないというふうにしか世間には見えませんからね。そして実際そうなのでしょうし。

まあ、野球部監督が学校理事でもあり地位としては校長より上で、その校長はかつて監督のもとで野球部長を務めていたことがあり、現野球部長は監督の息子、寮母は監督の妻、というかなり特異な環境だそうですから、不祥事が告発されてもただちに根拠もそろえず全否定するという独特の管理体制がしっかり機能しているのでしょう。

広陵高校は恐らく来年度の入試受験者数が定員割れ、野球部の新入部員がほぼゼロになるでしょう。そんな事態に至ってようやく学校側は事の深刻さを理解するのでしょうが、今ですらすでに遅すぎるのでその時にはとんでもなく遅すぎます。しかも、その時でさえ、学校経営が傾いてしまったのはSNSのせいだという怨み節しか言わないのでしょう。

滅べ。

広陵高校野球部の暴力事件について、新聞やテレビが高校野球強豪校の闇に切り込んでいけないヘタレっぷりと、いい機会だからSNSを悪者にしてつぶしちまえというあからさまな矛先チェンジ&問題すり替え工作を見せている一方、フリーのジャーナリストがいい仕事をしてくれています。

1月に発生した事件(現在報道などでメインとして扱われている事案)について、広陵高校野球部長が被害者の保護者に渡した報告書とされるものが出てきました。つまり、これまでの被害者側の主張を概ね裏付ける、学校側の作成した文書が存在するということです。まあ、学校側としては、そんな文書はフェイクだと強弁するという道もあるにはありますが。

広陵高校、もう駄目ですね。たぶん今後はPL学園よりもひどいことになってゆくと思います。記者会見からなにから、やることなすことすべて駄目駄目ですし。

それにしても、ここまではっきりしてきてもなお〈問題は解決済みだが、SNSでの誹謗中傷がひどいので、学校側としては生徒を守るためやむを得ず甲子園辞退という苦渋の判断に追い込まれた〉という広陵高校の用意した被害者ヅラ物語に乗り続ける新聞やテレビって──。

熊谷直実(1141-1207。出家して蓮生と称する。画は『一の谷合戦図屏風』より)

歴史的な戦続きの時代に武人として名を上げながら、のちにはお念仏に帰依した人というのがいる。修羅の道を血まみれになって突き進んだ者が、やがて御仏の道を歩んだというのは、一般には理解しがたく思えるかもしれないが、しかし殺戮の世を生きたからこそ深く思うところもあるというものであろう。己の掲げていた正義のむなしさと己の愚かさを知ったのかもしれない。

天下に激しい戦の嵐が巻き起こり始めていた頃、東国に生まれた彼は若くから武人として頭角を現していたが、一方で実に愛妻家という側面もあり、妻は彼を心から信頼し彼に一生尽くそうと心に決めたという。また、彼は武官の地位にありながら下っ端の兵ひとりひとりと直接会って話を聞き、彼らの家族のことを慮ってくれたりしたので、兵思いで人情の篤い武官として多くの者たちから慕われていたという。やがて戦で暴れ回るようになったが、鬼のように猛々しいだけの武者ではなかったということのようである。

彼の辞世として4首が伝えられているが、それらに先立ち、死の前日にお念仏の信仰を3首の歌に詠んでいる:

  • さらばなり有為の奥山今日越えて弥陀のみもとに行くぞ嬉しき
  • 明日よりは誰にはばかるところなく弥陀のみもとでのびのびと寝ん
  • 日も月も蛍の光さながらにゆく手に弥陀の光輝く

かくして如来の信心をいただいたその武人は、巣鴨拘置所で絞首刑に処せられて波乱の生涯を63歳で閉じることとなった。時に1948年(昭和23年)12月23日のことである。彼の名は、そう、東條英機という。

東條英機(1884-1948)

ここまで読んできた浄土真宗同朋諸氏の中には、「あろうことか極悪戦争犯罪人である東條英機を、まるで法然上人の弟子である蓮生こと熊谷直実のごとく描写するとは、不適切にも程がある」と私に怒る人がいるかもしれない。いないと信じたいものだが、恐らくいるだろう。実際それに似た話は聞いたことがあるので。いるのであれば、私からははっきりこう言い返させてもらう:「あなたは今までお寺で何を聞いてきたのか。長年聞法してきて、まさか自分は東條英機とは違う善人だと思っているのか」─。

だいたい、世間の反戦カツドーカやら世界平和を願う心美しい人々やらというのは、底が浅いのが多すぎるのだ。例えば、旧日本軍の戦闘ぶりを描いた映画は、戦争を美化する軍国主義で右翼趣味の作品だなどと蛇蝎のごとく嫌うくせに、一方で戦国時代ものの映画やドラマは大好きだったりもするだろう。まさに東條英機と熊谷直実へのまなざしが異なるのと根は同じである。だいたい彼らは、映画『二百三高地』の主題歌を歌ったからさだまさしは右翼だ、などと昭和の昔から意味不明なことばかりほざいている(若い人には信じられないかもしれないが誇張なしの本当の話だ)というありさまで、おかしなところで思考停止しているとしか思えない。

曲がりなりにも少しでも真宗の教えに聞いてきている人なら、せめてそんな浅い底を突き破るくらいのことはあってほしいものよと僭越ながら思うのだが、それすら叶わない残念な同朋もいるのが娑婆というものか。それにしても、熊谷直実と東條英機の信心は違うと言い張る人がいるなら、その人は自分は一体どんな信心の持ち主のつもりなのだろうか。

今を時めく(?)広陵高校の行く末が分かる記事ですね。

来年度、広陵高校野球部の新入部員はほぼゼロとなるでしょう。入りたがる子供もいなければ入れたがる親もいませんから。そもそもそれ以前に、入試の受験者数が定員割れするはずです。そして2、3年生のみとなった同部からは、退部者さらに他校への転出者がポロポロ出てきます。あらら、私学は大変ですよね、こうなると。

普通の頭で考えれば分かるはずのことですが、同校の関係者にはまるで分かっていないらしく、だから間違った対応をひたすら重ねていっています。まあ、ああいうのはあのままつぶれたほうがいいのかもしれません。

──他のスポーツ強豪校もひとごとだと思わないほうがいいですよ。