これ、逆に葬儀場のほうでは駅のアナウンスが流れなかったのでしょうか(笑)

電波の干渉というと、私も少し困っていることがあります。私の車のキーレスエントリーが、よく行くドラッグストアの自動ドアの干渉を受け、解錠できなくなります。鍵穴にキーを入れて回せば開くのですが。最初に体験した時はてっきりキーの電池切れかと思いました。今は店のドアからある程度離れた所に駐車するようにしています。

あと、ガソリンスタンドでも干渉を受けることがありますね。セルフ給油ししたあとドアをロックして、トイレに行って戻ってきたら、キーレスで開けられないことがあります。給油ロット周辺に何の電波が何のために飛んでいるのかよく分かりませんけど。

似非リベラルが政府に居酒屋政談の難癖レベルのくだらない批判をするから、政府の側がいちいち反論するという無駄なことをしなければならない、という典型です。国連で北朝鮮のたわ言に対して、日本が反論しないと認めたことになってしまうからやむを得ず反論するのと同じです。

そんな批判(というか言いがかり)をしてきたのは誰かと思って記事を読んでみたら、救援に関して何の役にも立っていないどころか邪魔をしていただけの、ああ、あの人──立憲民主党の杉尾参院議員でした。私の住む地域が大災害に見舞われた場合のことを考えると、ああいうのが現場へやって来ていろいろかき乱してくれるのは勘弁してほしいですね。

共産党の田村智子委員長が先の党大会で出席者の発言を指弾し、党内から「パワハラ」との指摘が出ている。執行部は「叱責ではなく発言内容への批判だ。人格を傷つけるものではない」(小池晃書記局長)と擁護している。

例によって共産党の無謬主義で押し切るつもりのようですが、田村智子の実際の演説を党大会の動画でちゃんと視聴してみれば、あれが「叱責」とか「人格を傷つけるもの」をも超えていることは明らかです。どう見たって公開吊るし上げですよね、あれ。一般の人が見たら恐怖しか覚えないでしょう。

田村の「パワハラ」を党内で指摘している人もいるらしいですが、サクッと除名されちゃったりするのでは。

志と能力のある共産党員は、さっさと見切りをつけて他党に移ったほうがいいと思いますよ。共産党という異常な場に身を置き続けているとピンとこないかもしれませんが、執行部の方針と異なることを公言していても除名されない政党はほかにいくらでもあります。というか、そういう政党のほうが普通です。自主憲法制定を党是にしている自民党ですら、改憲慎重論を唱える人を除名したりしませんからね。

昨日のNHK大河ドラマ「光る君へ」は、第3回「謎の男」でありました。

今回は『源氏物語』の「雨夜の品定め」よろしく、宿直[とのゐ]の男たちが女性の品評をする場面が出てきましたね。もっとも「雨夜の品定め」とは違って雨の夜ではなかったようですけども。また、女たちからもらった文を男が仲間内で見せびらかしたりしていたのは、あれはあの時代には普通のことで、女たちの側でも同じようなことをしていましたから、別にあの男たちがひどいわけではないということは付け加えておきます。ええ、そんなふうだから色恋の噂が瞬く間に都を駆けめぐったのが、平安中期の貴族社会というものです。

さて、物語の展開はといいますと、10代半ばの紫式部が何をしていたのかという記録はほとんどありませんから、当然フィクションでつなぐのですが、そこのところがまた練り練りに練られたすごい脚本になっていて感服します。紫式部は源倫子に一時期仕えていたのではないか、そしてその縁でのちに倫子が産んだ中宮彰子にも仕えることになったのではないか、という説が最近あるらしいので、それを織り込んだということになるのでしょう。しかも、まひろ(紫式部)が倫子の所へうかがう理由付けが、なかなかうまい筋書きになっています。

倫子はまだ独身なので彰子を産んでいない一方、彰子の将来のライバルとなる藤原定子はすでに登場しています。第1回では祖父の藤原兼家に抱っこされて泣いている赤ちゃんでしたが、あれから6年たっているので、今回の登場では数え7つの女児になっていましたね。遊んでいる定子が転んで立ち上がる場面での母親の言葉、そしてそこに円融天皇から疎まれている詮子も居合わせているというあの情景には、のちのちのことを知っていると哀しくなるやら背筋が寒くなるやら。

いや本当にすごい脚本ですよ、これ。あらゆる糸が無駄なくどこかからつながり、どこかにつながっているのです。前にも書きましたが、もうすでに大河ドラマ史上最高傑作と評価して問題ないでしょう。

あの人やあの党は、外国に利用されているというより、積極的に外国に協力していると言ったほうが正しいでしょう。あの種の政治勢力は、国や国民のために働いているのではなく、とにかく日本は悪い国であるからいかなる手を用いてでも転覆させなければならない、という強固な意志のもとに行動しています。そもそもがたとえわずかとはいえ国政に議席を有していること自体が間違いなのです。