私は、口をふさがれずに自由にものを言えて、体を縛られずに自由にものを表現でき、独裁主義と恐怖政治指向のファシスト政権に生命と財産を脅かされない社会で、安心かつ安全に暮らし続け、専制と隷従、圧迫と偏狭をこの国から永遠に除去したいので、共産党のような暴力的な方法によってではなく民主的手続きによって共産党を一刻も早く終わらせたいと心から願っています。

※追記
11月7日に記事公開後、日本共産党板橋地区委員会から編集部に連絡が入った。85歳の男性は「運転免許を返納し、今後はもう運転しない」と伝えてきたという。
[「現代ビジネス」p.3/3

やらかしたあとから言っても遅えんだよ。年齢から考えても10年遅えんだよ。

共産党そのものがかつてやたらと流血沙汰を起こし悲惨な形で人命を奪った過去を持つ集団ですし、党の行為によって再び革命の惨禍が起こらないよう、ただちに党としての存在を返納してもらいたいものです。やらかしたあとから言っても遅えんだよ。

決して先送りにしてはいけない案件を、今ちょっと身内がゴタゴタしていているからなどと言って軽く見送りにしてしまう、こういうところからしても、石破総理が宰相として不適格であることは明確です。本来ならば、自分の首をかけてでもこの法案だけはただちに通すべく腹をくくる場面にもかかわらず、自分の延命しか考えていないなんて──。

とにかく、あの9人のうち石破氏と河野氏以外なら当面は誰でもいいので、早く、本当に年内に、替わってほしいです。

ネット巷間では〈光バイト〉と呼ばれている800万円チャンス。

果たして八田容疑者なのかどうか。まあ、確かに似てはいます。あいつならこういうことをして生き延びていると考えれば、納得のいく話でもあります。

元の動画はこちら:

左耳に光り物をさげていますね。いい目印になります。

昨夜のNHK大河ドラマ「光る君へ」第42回「川辺の誓い」は、藤式部(紫式部)の執筆する『源氏物語』で光源氏が亡くなるところへ差しかかるタイミングに、藤原道長が病気で気弱になっているところを重ねてくるという、とてもうまい作りになっていました。

『源氏物語』はもう役に立たなくなったなどと、道長からずいぶんひどいことを言われた藤式部は、作中にこの一首を綴っていました:

もの思ふと過ぐる月日も知らぬ間に年もわが世もけふや尽きぬる
[『源氏物語』]

これは「幻」の帖に出てくる、いわば光源氏の辞世です。和歌の内容からも分かるように年末近くに詠まれたもので、「わが世もけふや尽きぬる」と聞くとまるで死にかけているみたいですが、出家の準備をしていることをそう表現しています。

年が明けると光源氏は出家するという運びなのですが、出家やそののちのことは『源氏物語』には書かれていません。「幻」の次は「雲隠」の帖となっていまして、この「雲隠」は巻名だけが伝わっていて中身が分からないという不思議な巻です。ドラマでは、道長から「源氏の物語ももはや役には立たんのだ」などと言われた藤式部が「幻」に「もの思ふと‥‥」と書く場面が来まして、そのあとに「雲隠」の2文字だけを書いた紙を一枚残して里下がりするという流れになっています。藤式部としては『源氏物語』脱稿のつもりだったのですね。もう、めちゃくちゃうまいですよ、この脚本。

藤式部は筆を置いて内裏を離れ、同時に道長は病床に臥せて左大臣の辞表を出したりするのですけれども、しかし我々の知っている歴史の通り道長の栄華はまだまだこれからです。いったん筆を置いた藤式部と、病ですっかり弱気の道長は、宇治の川辺で再起を期します。藤式部が置いた筆を再び手にした時、そこから紡ぎ出されるのは「雲隠」の次の帖である「匂宮」──光源氏の子供たちの代の話となります。

ということで、次回予告では藤式部の娘である藤原賢子(のちの大弐三位)をめぐるスピンオフ的な物語を期待させるのでした。