G7広島サミットの話題で持ちきりの裏で、昨日もお笑い劇場が繰り広げられていたのでした。

一般には、泣いている子泣き爺を見つけた通行人が憐れんで抱き上げると、体重が次第に重くなり、手放そうとしてもしがみついて離れず、遂には命を奪ってしまうとされている。書籍によっては、子泣き爺は石のように重くなることで抱き上げた人間を押し潰すなどと記述されている。

ある経済評論家が、あんなのと一度共闘したらしがみつかれて離れてくれなくなる言っていましたが、その通りの展開になっていますね。とにかく政権を倒すことがセーギで、そのためなら最低限の大義名分というか口実を合わせて数をそろえればいい、という安直な発想のまま走った結果がこれですよ。

第二次世界大戦の連合国側と枢軸国側の主要国首脳が広島平和記念資料館で一堂に会し、平和公園の原爆死没者慰霊碑にそろって献花するという、まさかの出来事を昨日は目撃した。安倍政権時代に当時のアメリカ大統領があそこに来ただけでも、起こり得ないことが起きたという感じだったのに。

もちろん、G7が現在のウクライナ情勢を踏まえて、対ロシア連帯のパフォーマンスにヒロシマを利用したという側面はあるだろう。しかしそれを勘案してもなお、この7カ国があの場所に集ってああいう行動を披露したことの歴史的意義は大きい。日本としても、何十年たっても事あるごとに戦勝国ヅラでいちゃもんをつけてくる中共やロシアを、はっきり抑制する立場を得られたわけである。

野党よりはるかにマシという以外に何の取り柄もない無能な岸田政権、と今まで言い続けてきたが、広島サミットの開催という大きな功績は否定することができない。

この事案は2つの問題を提示しています。

一つは、「コロナに感染しておらず、志村さんと会ったことすらなかった」人を、根拠なく志村さんへの感染源と断定する者や、明らかにデマと分かるそんな話を事実確認もしないでせっせと広める者たちが、なぜそんなにもたくさんいるのか、という点です。たぶんみんな、自分はそんなことをしないと思っているでしょうね。

そしてもう一つは、仮に志村さんへの感染源であった個人が特定された場合、ではその人のことを誹謗中傷したり脅迫したりすることは許されるのか、という点です。たぶんみんな、自分はそんなことをしないと思っているでしょうね。

ここのところすっかり他の野党からおもちゃにされている立憲民主党です。国民民主党に続き、維新の会からもしっかりコケにされていますよ。

維新の馬場伸幸代表は党会合で、「立民が昭和の政治に戻った。非常に生き生きして、国会審議を妨害している」と皮肉った。

野党、とりわけ野党第一党たる立民党の役割は、政府提案の防衛費財源確保法案を批判するのであれば、防衛費財源確保のための自分たちの対案(共産党の言いそうなナイブリューホとかの寝言ではなくてまともな対案)を示すことである──はずなのですが、何せサル以上の脳を持つ立民党は自分たちの仕事が何なのかさえ分かっていないので、法案採決を阻止するため鈴木財務相の不信任決議案とか出しちゃったりするわけですよ、ワイドショー向けに。そりゃあ「非常に生き生きして、国会審議を妨害している」と言われても当然ですなぁ。

立民党側も一応反論はしているようでして──

これに対し、立民の安住淳国対委員長は党会合で、維新を念頭に「(法案は)成立するから無駄だと言う人がいるがそうではない」と反論。「遅らせることで多くの国民に考える機会を設けるための戦術は当然あってもいい」として、不信任案の意義を強調した。
[同]

もっともらしいことを言ってみせてはいますけれども、単にハンタイするのが自分たちの仕事だと勘違いしている腐れ野党が自分たちのすばらしい活躍ぶり(笑)を見せつけるために税金を浪費して生き生きとパフォーマンスを繰り広げているにすぎない、ということくらい、大多数の国民にはとっくに見抜かれているはずです。

えっとですね、一応言っておきますが、防衛費財源確保法案には私も反対ですよ。ただ、ハンタイと言うだけなら、私みたいな素人がこうして個人ブログで管を巻いているのと同じです。曲がりなりにも政治家なのですから、なぜ自分たちが「先生」と呼ばれるのか、なぜ税金から歳費を得ているのか、という点を理解してちゃんと仕事をしろという話です。

──と、もはや国民民主党からもおもちゃにされている感のある立憲民主党は、空中分解のカウントダウンに入ったと言ってもよさそうですね。〈お笑いりっけん劇場〉ですな。

火中の栗を拾った立民党代表、泉氏については、かわいそうだなとも思います。蓮舫氏やら小西氏やら福山氏やら原口氏やらその他諸々の問題児を抱えつつ、あの若さで矢面に立っているわけですからねぇ。次の衆院選後に党代表を辞任することが事実上確定している泉氏、あとはやはり古巣の国民民主に移ったほうがいいと思いますよ。彼がいた頃の国民民主と今の国民民主とでは性質が違っていますし。