個々の一人二人の不祥事を元に組織全体を評価するようなことは、基本的にするつもりはありませんが、しかしそれにしても共産党議員はこういうのが多すぎます。報道が(自民党などに対する場合と違って)ほとんど叩かずにさらりと流して終わりにしてしまうのがいつものことなので、一般には印象が薄いかもしれませんが、共産党議員による犯罪は目立ちます。人数比でいえば明らかに他党議員よりも突出していると思います。さらに犯罪以外の不法行為も含めたら、おびただしい件数に上ります。

なお、泥酔者が暴れて大変なことになるのは〈救急あるある〉だそうですが、それにしても上記の愛知県津島市の共産党市議の暴れっぷりはひどかったらしく、謝罪のため病院を訪れた同市議との面会を医師らが拒否しているほどで、すでに被害届も提出済みです。これ、どういうことかというと〈すでに被害者たちが謝罪を受け入れている〉という状況で検察の判断が甘くならないようにしているわけです。

それから、これは前から言っていますが、何かやらかしたときに「泥酔していて記憶がない」とかいうのは、全く何の言い訳にもならないどころかむしろ非を加算する要素です。そもそもそこまで泥酔するまで飲酒するということが、政治家として以前に社会人として全く駄目です。

とにかく自民党がここまで国民をなめていることに腹が立ちます。来年の参院選では自民党を大幅に削ってやりましょう。今までは、自民党が負けるのはいいにしても、立憲民主党が議席を増やしたり、便乗して共産党がでかいツラをしたりすることになるのが、非常に大きな問題でしたが、今後は国民民主党が伸びてくれることになるので、安心して自民党を負かすことができます。

また、忘れてはならないのが、かつて八ッ場ダム建設を止めて首都圏住民の生命と財産を脅かしたあの国民の敵である前原誠司が、今は〈103万円の壁〉を動かすことを妨害している国民の敵である、という点です。維新の会よ、これ以上衰退したくなかったらあいつを何とかしなさい。よそから来た新参者をいきなり代表に据えるとか変なことをするからこうなるのですよ。あいつは国民民主党の代表選で玉木氏に敗れた怨みを、維新を利用して晴らそうとしているだけの、どうしようもなく器の小さい野郎です。さっさと気づきなさい。

いたずらだとは思いますけど、いたずらという言葉では済まない非常にたちの悪いいたずらですね。メールの文面には銀行口座への振り込みの要求もあるそうで、普通に考えればでたらめな口座番号か全く自分と無関係の企業・団体の口座だったりするのでしょうが、こういう馬鹿って本当に自分の口座を書いたりするので侮れません。

北九州の中学生殺傷事件については、防犯カメラ関連の情報もほとんど報道されませんし、犯人像も犯行目的も逃走先もまるで分からないので、周辺住民のみなさんは本当に不安でしょうね。中学生となればこれから冬休みそして高校受験を控えた時期でもありますし、影響は大きくなるばかりでしょう。変なデマが出回ったりしているようですけど、そういうのにも気をつけないといけませんね。

この件は氷山の一角だと思います。

あまり表沙汰になって騒ぎになることはありませんが、「貸金庫に入れておいた現金が減っていたので、銀行に言ったら調べてくれて、行員が盗んでいたことが発覚し、銀行側に全額弁済してくれた」とか、あるいは逆に「銀行に言ったのだが、そんなことはあり得ないと突っぱねられ、証拠が出せないので警察も取り合ってくれない」みたいな話は、ネットを掘ればそこそこ出てきます。

貸金庫というのは、そもそもが大っぴらにできないものの隠し場所だったりもしますし、そうでなかったとしても利用者が入れた中身を証明する手段もないため、中身を盗まれたからといって警察に相談しづらかったりする、というのは容易に想像されます。

警察も、受理できる形の被害届が出されなければ動きようがありません。特定の銀行支店についての被害相談がいくつもあるようなら、警察も予備的捜査を始めるでしょうけど、認知できていない事案については何もできません。今回の三菱UFJ銀行の件は、銀行が客に謝って弁済し当該行員を懲戒処分にするだけで収めず、警察に被害相談したため、事が明るみに出ました。

逆を言うと、これにより不正防止対策が強化される三菱UFJ銀行の貸金庫は、今最も安全な貸金庫ということになるのではないでしょうか。まあ、強化されなかったら話になりませんが。

昨日放送のNHK大河ドラマ「光る君へ」最終回(第48回)「物語の先に」には、告知されていた通り菅原孝標女がちぐさの名で登場しました。期待していた猫の逸話は出ませんでしたが。

ちょい役とはいえ、菅原孝標女がテレビドラマや映画に登場するのは恐らく史上初であり、画期的であったといえます。設定は1027年なので、帰京して間もない10代半ばの時期ではなく、数え二十歳となりますね。仲の良かった継母が父との不仲からか家を出ていってしまい、大好きだった乳人が亡くなり、書を手本にさせてもらっていた藤原行成の娘が亡くなり、姉が亡くなり、遺された姪2人を引き取って育てて──と、10代半ばから後半にかけて現実のつらさを味わい続けた裏返しですっかり物語オタクになっていた彼女の、二十歳時点の姿があれです。物語の世界に浸って幸せそうな笑顔の裏には、いろいろとあったのですよ、彼女も。

さて、今回とてもうまいと感じた部分は、藤原道長が亡くなる時の描きかたでした。朝、道長の手を取ってその冷たさを覚え、「殿」とひと声かけて深々と一礼する源倫子。家で墨を擦り筆を取った時に「まひろ」と呼ぶ道長の声を風に聞く藤式部(紫式部)。奇しくも同じ日に自宅でたおれた行成。静かに涙を流す女院彰子たち。『小右記』に「禅室入滅」そして「按察大納言行成卿俄薨」と書き記す藤原実資。見事です。我々が単に歴史としてしか見ない事象に、その時代を生きた人たちと記録した人の思いが込められた、すばらしい脚本と演出でした。

そして、道長と行成を偲ぶ藤原公任と藤原斉信の和歌のやりとり──

見し人のなくなりゆくを聞くままにいとど深山ぞさびしかりける
[藤原公任]

正直、公任にしては珍しい、技巧もなにもなく思いをまっすぐそのまま詠んだ感じの歌だと思いました。知らない歌でしたが、『栄花物語』に収められている一首だそうです。

それに対して返し──

消えのこる頭の雪をはらひつつさびしき山を思ひやるかな
[藤原斉信]

「頭の雪」(あるいは霜)といえば古典の常套手段で白髪のこと、老いらくのことですが、ここで「消えのこる頭の雪」といったら、道長や行成が亡くなって生き残されている身のこと、そして、出家した公任に対比してまだ髪を残している身のこと、と解することができます。この歌も『栄花物語』所収だそうです。

最終回としての終わりかたも、とてもかっこよかったですね。にわかに双寿丸が颯爽と再登場し、東国へ戦の鎮圧に向かうとのこと。それを見送る藤式部が一言、「嵐が来るわ」─。これ、第1回の冒頭での安倍晴明の台詞「雨だ。大雨だ」と対になっているわけです。彼女の言う「嵐」が何を意味するのかはよく分かりませんが(前九年の役とかはまだずっとあとですし) [追記あり]、双寿丸の姿の中に武家の世へ移る未来を感じたということかもしれません。

ところで、一昨年と昨年の大河ドラマの最終回では、次作への〈橋渡し〉が挿入されていました。「鎌倉殿の13人」最終回には「どうする家康」主役の松本潤がそのまま徳川家康役で出ましたし、「どうする家康」最終回には「鎌倉殿の13人」主役の小栗旬が天海役でサプライズ出演し、その手には『吾妻鏡』と『源氏物語』を持っているという細かい演出がなされました。となると「光る君へ」最終回にもそういうのがあるだろうかと、ちょっと期待していましたが、いやいやさすがに平安時代の貴族社会から江戸時代の町人社会につなぐのは無理だったようです。

──と思ったら、そのあとにちょいと来ましたね。「光る君へ紀行」で『源氏物語』の写本が出てきて、それから江戸時代の木版印刷の普及板や錦絵、そして『湖月抄』なども紹介されて──からの次作「べらぼう〜蔦重栄華乃夢噺〜」予告へつなぐという技、思わずニヤリとしましたよ。蔦屋重三郎って、詳しいことは知りませんが、本や浮世絵を売って大儲けした人ですよね。第1回冒頭で『源氏物語』絡みの本や絵がチラリと見えたりしたらおもしろいかも。