「戦争の準備をすれば戦争が来る。平和の準備をすると平和が来る」というのは、故・土井たか子の有名な妄言であるが、北朝鮮に核開発をやめさせるために重油をやり、食糧をやり、二十数年にわたって「平和の準備」をしてきた結果が、これだ。

見たくないものを見ないで済ませようという態度は、もはや通用しなくなった。現実を直視しなければならない。

ネット界隈では「ウソコ」の二つ名でおなじみの記者ですが、この人はツッコミどころだらけというかツッコミどころだけで出来ている“手厳しい質問”や“鋭い追及”しかしないため、菅官房長官としてはまともに取り合う必要もなくテキトーに受け流して時間をつぶせばいいだけですから、(いくらかウザいにはせよ)別に痛くもかゆくもない相手でしょうね。

東京新聞は恥ずかしいから、そろそろこの人を趣味欄あたりに異動したほうがいいと思いますよ。

で、この人のことをやたらと持ち上げる人が多いのですが、頭の中にはどこの味噌が詰まっているのでしょうか。

歌手の仕事がVocaloidに取って代わられてしまうよりも先に、真面目な話、CMタレントが失業する時代は間近なのかもしれません。

あのSayaがさらに進化しました。

これ、知らずに見ればもはや実写ですよ。

10年前の今日、“16歳の少女”が“歌手デビュー”した。10年たった今日、彼女は“16歳の少女”だ。

初音ミクが発売された2007年当時、私は実にくだらないものだと思っていたのだが、 '10年3月9日に Zepp Tokyo で行われたコンサートの映像を見た時、私の意識はガラリと変わってしまった。

透過スクリーンを使ったコンサートはこれが初めてではなく、その半年前にも行われていたが、とにかく私が初めて見たのは '10年3月のものだ。ここまでやるのなら、もはやれっきとしたカルチャーではないかと、そう思った。そして、改めて初音ミクについてあれこれ読んでいるうちに、コンテンツというよりメディアとしてのありようが、とても興味深く感じられた。

翌 '11年、もともとネットで国境を越えて認知されていた初音ミクは、LA公演を成功させる。

LAで見せられた映像では、フレームレートが大幅に上げられた上に透過スクリーン技術が格段に改善され、“滑らかに動き、かつ像が緻密で透き通らない初音ミク”はファンを大いに驚かせた。

同年、何と初音ミクは Google Chrome のテレビCMに採用される。

このCMは何が驚異かというと、世界のIT大手のCMであることに加え、やはりコンテンツというよりメディアとしての初音ミクの魅力が見事に1分でまとめられている、ということだろう。

翌 '12年、初音ミクは故・冨田勲の交響楽にボーカルとして採用される。

もはや初音ミクは“ネットの媒体”ではなくなった。

初音ミク──まだまだ止まらない。

きっとこの先にあるのは '20年の東京五輪だと、私は期待している。

Jアラートが鳴るのがうるさくて邪魔なのであれば、スマホの設定で緊急速報の通知を切ればいいだけのこと、というのが常識的な考え方だと思います。ただ、昔からチシキジンやリベラルの中には、とにかく政府にケチをつければ、ケンリョクに対して毅然と物を言う自分がかっこいいと思っている人が少なくありません。そういう振る舞いをすると、一般的にはたちの悪いクレーマーとみなされたり、ただの馬鹿だと思われたりしてしまいますから、良い子のみんなは真似しないでね♪

ついでにいうと、この手の人は、Jアラートが鳴らなかったら鳴らなかったで文句を言うに決まっていますので、まともに耳を傾ける必要はありません。