アメリカでの銃規制の話は昔から何度となく上がっては消えていますが、規制は向こう100年ぐらいは無理だと思いますよ。特に大都市部以外の人々には、インディアンの襲撃から自分や愛する人の身を守るために銃を持つのは当たり前、という開拓時代からの意識が脈々と受け継がれているわけで。

銃による死者がこれだけたくさんいると訴えても、今度は全米銃マンセー団体のお抱え研究者なんかが、銃を持っていたことで助かった人のほうがこれだけたくさんいるというようなデータを出してきたりするに決まっていますよ。ほら、例の、適量のアルコールなら体にいいとかいう話と同じ。

松岡茉優様お誕生日に贈る

姫さまもギャルもこなせる名優のちよつと苦手は片目ウインク

ひめさまもギャルもこなせるめいいうのちよつとにがてはかためウインク

お誕生日おめでとうございます。

いまの学生はどうして、こんなに無感動で元気がないのか。特定秘密保護法という不気味な法律が国会を通ろうとしたとき、僕らの学生時代だったら、日本中の学生が立ち上がって、大デモンストレーションが起きたでしょうね。
[『東京新聞』2017年9月19日付]

とある映画監督のこの言葉が、最近になってにわかにTwitterで取り上げられている。とても分かりやすい。

つまり、自分たちが学生だった頃に抗議デモを行ったような対象に対して、今の学生たちも抗議デモをやるべきだ、と言っているにすぎない。もっといえば、私の気に入らないものに対して若い奴らは抗議しろ、と言っているにすぎない。言葉の上では「若者は反抗しろ」と言いながら、実のところ「若い奴らは私に従順になれ」と言っているにすぎないのである。

もはや自分が若者たちから抗議される存在になってしまったことに気づかない老人の姿に、人間的成長を見出だすのは困難だ。

近頃では、日本国内には北朝鮮の工作員がいると言っただけでも「在日コリアンに対する憎悪を煽りかねない」などとたたかれるようである。そして、そういうふうにたたいているのが、ふだんは「ウケーカする日本社会」とか「このままでは物言えぬ社会になる」などと騒ぐのが好きな種類の者たちであるところを見るに、「物言えぬ社会」にしようとしているのは一体誰なのかと言いたくなる。

三浦瑠麗氏に限らずだが、国内には北朝鮮の工作員がいるという旨のことを言うとき、一部の頭のおかしい連中が言う場合は別として、在日コリアンすべてを工作員だと言っているわけではない。むしろ、工作員とりわけスリーパーセルの多くは、たぶん在日コリアンではない身分を獲得して隣近所で生活していると考えるべきものだろう。

国内に北朝鮮の工作員がいるというのは、いわゆる公然の秘密というやつだろう。証拠を出せと言われても簡単に出せるものではないが、事実、工作員による拉致事件が過去にあり、日本のパスポートを偽造した工作員による航空機爆破テロが過去にあり、現在でも深夜にラジオのチューニング・ダイヤルを手で回せば怪しい電波がいくらでも拾えるのだから、工作員がいると考えないほうが無理というものである。

むしろ、国内に北朝鮮の工作員がいるという言説を躍起になってたたいている者たちの意図のほうこそ、怪しいと思われてならないのだが。