別にiOS12へのアップデートに限った話ではないのですが、iPhoneでそこそこ深刻な事態に陥る場合に備えて、一応この程度の予備知識はあったほうがいいと思います。もちろんこういうのは全部覚えておく必要はなくて、確か解決法があったよなと頭の片隅に入れておけば、いざというときはググればいいだけですので。

というわけで、目下、約1年ぶり2度目の、iPhoneを工場出荷状態に戻してからの復元で苦労している私でした。最後にアプリの復元の際にWi-Fi環境が必要になってくるのが厄介です。

南と北の嘘つきがまた会って、何かを合意したそうです。こういうのを茶番といいます。

具体的に何か実りのようなものが少しでもあるのかと思ったら、マツタケ2トンという収穫があったようです。よかったですね。

あえてきつい言い方をすれば、これは〈仕方のないこと〉ですよ。

もちろん、脱出時にけがする人が出ないに越したことはありません。けれども、一刻も早く避難して生命の安全を確保しなければならないときに、脱出シュートを滑って着地する際に転んで骨折したなどというのは、あえていえばどうでもいいことです。まあ、転んだりしないように各自気をつけるしかありませんね。

あと、離陸前に流される機内安全ビデオをみんな一度くらいはちゃんと見ておくべきですし、座席ポケットにある機内安全のしおりも一度くらいはちゃんと読んでおくべきでしょう。

有休取得率の向上のため、時間単位の有休取得制度を導入する企業が最近目立つ。学校の行事や通院など1日休むほどでもない私用があるとき、有休を1~2時間に分割して取れる。便利な仕組みだと思う半面、なぜ丸々1日休もうとしないかが不思議だ。

私も不思議です。仕事の閑散期などの場合を除いて、半日休暇にすると仕事が中途半端になり、結局残業になったりします。そもそも、全日休暇にしようが半日休暇にしようが、通勤に要する時間は変わらないので、時間の無駄が増えます。

私が会社員時代に半日休暇を取ったのは、仕事の閑散期にパスポートの更新申請と受領(それぞれ手続き自体は数分で終わる)に行った時ぐらいです。運転免許証の更新なら丸一日休みました。

あと、上記の記事見出しにある「本当に堂々と休める?」という件ですが、これは前々から私は再三言っていますけど、この国には有給休暇を取れない会社は存在しません。「うちの会社は有給休暇が取れない」とか言う人がたまにいますけど、そういうのは「取れない」のではなく、本人が〈取っていない〉だけというのが実態です。堂々と取ればいいのです。会社側・上司には社員の有給休暇の取得を拒む権利はなく、むしろ取得させる義務があります。

テクスト: 横山秀夫『クライマーズ・ハイ』 東京、文藝春秋、2006年。初刊は同社、2003年。

〔2018年9月14日(金)読了〕

10年前に映画化されたものを見た時、やや期待外れな作品でがっかりしたのだが、その感想を知人に語ったところ、「原作はすごくいいんですけどね」と言われたことが、ずっと頭の片隅に残っていて、10年越しでようやく原作を読むに至った。

わずか数ページを読んだところで、私は早くも思った。こいつを映画化するなんて無理だ、と。研ぎ澄まされた言葉とはこういうのをいうのだろう。

主人公の悠木は、群馬の地方紙、北関東新聞の記者である。40歳、社内的に微妙な立場にある彼が、ある日突然大任を負わされることになる。1985年8月12日夕、仕事を終えて趣味の登山へ向かおうとした彼は、緊急ニュースにつかまる。

《共同通信ニュース速報! 日航ジャンボ機が横田基地の北西数十キロの地点で姿を消しました! 繰り返します──》

悠木は足を止めた。横田基地の北西数十キロの地点。それがどの辺りになるのか、にわかにイメージできなかった。だが、遠くはない。

[42頁]

かくして悠木は「日航全権デスク」の任を負うことになる。

さて、本作は日航機墜落事故を追う新聞記者の姿を克明に描いてゆくものなのか、と思いきや、ページが進むにつれて、どうやらそうでないらしいことに読者は気づかされる。この小説を貫いているのは、新聞記者のあり方、人間の生きざま、そして「命の重さ」である。強引かつ勝手に大口の広告を落として紙面を編成してしまうなどというのは社会人として失格だし、世紀の独自ネタをみすみす逃してしまうなどというのは全権デスクとしての器ではないのだが、それでも、悠木の判断一つ一つが否定しがたい重みを持っているのだ。そこには〈人〉のすがたがある。

最後まで読み終えた時、私は不覚にも落涙しそうになった。ある意味で、人間の最も理想的で愚直な生き方の描かれた一冊だ。もっとも、それを実現するとなるとそう易しいことではないだろうが。

やはり──こいつを映画化するなんて無理だ。どんなに有能な映画監督であっても。