マドンナが “Like a Virgin” で世界的大ヒットを飛ばしたのは26歳の時であり、当時高校生だった私なんかからするとお姉さんというよりオバサンに片足の爪先が付いている感じでして、周りの友人たちも「いい歳して19歳みたいな歌だな」などと言っていましたね。私はそれよりあとの “Into the Groove” とか “Vogue” のほうが好きです。

ところで、彼女より5つ年上のシンディ・ローパーが前年に “Girls Just Want to Have Fun” という女子高生みたいなキャピキャピした歌を出していましたが、当時30歳なのでこれもまたあの──。

話は戻りまして、ICUに搬送されたというマドンナですが、経過は良好だとのことですね。さすがにツアーは無理みたいです。

それでは、女王の快癒を願いつつ、あの頃「MTV」で盛んに流れていたヴェネチアのあれを──

今日で事件発生からちょうど1年になるとのことです。

ほとんど場当たり的に事件を起こして、持つものも持たず逃走しているこんな容疑者を、警察はなぜさっさと捕まえられずにいるのかと不思議に思っていたのですが、交通課がやっているからという話を聞いて変に納得してしまいました。

この事件について詳しく報道で聞いたことのある人なら分かると思いますが、これはひき逃げといっても実質的には〈自動車を凶器にした殺傷事件〉というべきものです。殺傷事件であれば捜査一課が動き、捜査本部が立ち上げられ、ただちに現場周辺広域の防犯カメラのデータを押さえるとともに、大量の人員を投入して捜査を始めるものです。ところが本件の場合、当初はあくまでもひき逃げ事件とみなされたので普通に交通課の仕事となりました。のちに被害者2人のうち一命を取り留めたほうの人の証言によって、事件の性質が分かってきたのですが、そこで捜査一課との協働はなされなかったようです。なお、防犯カメラのデータなんて長くてもせいぜい1週間か10日ぐらいしか保存されませんので、とっととやらないと押さえられるものも押さえられなくなります。

交通課は、ひき逃げ事件について遺留物等から犯行車両を特定し容疑者を挙げることにかけては専門ですが、逃走している凶悪犯罪者の足取りを追うノウハウは持ち合わせていませんし、そのための人員もそろえていません。本件に関しては聞き込み捜査もろくに行われていなかったとのことです。

こうなると、〈殺人を犯すときは盗難車でひき逃げのかたちにすれば捕まらない〉ということになってしまい、変な闇稼業が横行しかねないのでかなりまずいです。

この漫画が今般の水着撮影会騒動を念頭に置いて作られたものなのかどうかは分からないが、この漫画はまさしくこのたびの騒動によってあらわになった共産党の体質をよく表現している。

4コマを順番に、このたびの騒動に照らして見てみると──

  • 1コマ目: 埼玉県営公園プールでの水着撮影会なるイベントが気に入らないからといって、共産党県議団が圧力をかけてつぶしにかかる。主張にまともな根拠があるわけではなく「けしからん、我々がけしからんと言うのだからけしからん」という原理。
  • 2コマ目: 党機関紙『しんぶん赤旗』に手柄自慢の記事を掲載。SNSでも鼻高々。
  • 3コマ目: 外部から批判が来ると、「県とイベント主催者が判断したこと。共産党は〈要請〉しただけで結果には関係ない」とかほざきだす。
  • 4コマ目: 最終的に今後の水着撮影会の中止が解かれると、「主催者たちに反省させたことがなにより重要」などとしれっと話を差し替えて勝手に勝利宣言。

特に4番目は、共産党が選挙で議席を減らしても謎の理論で勝利宣言をするという実際の様子を連想させて、なかなか味わい深い。

いや、共産党がはっきりと政治権力・影響力の刃を国民に向け、国民の人権を踏みにじり生命と財産を脅かした今般の一件に関しては、なかなか味わい深いなどと呑気に言っていられない。言いたい放題やりたい放題で責任をとらない共産党の独善体質は、笑って見過ごすわけにはいかない。共産党には報いを受けさせなければならない。こんな恐ろしい団体に政治的な力を持たせてはならないのだ。

これでプーチン氏の国際的な評価が〈嘘つきで約束を守らない奴〉として定着することになりますので、彼としては下手を打つ真似をしたものです。もはや協議の相手にならなくなってしまったわけですよ。だって嘘つきで約束を守らないのですし。

ところでプリゴジン氏のほうは、目下の状況で大っぴらにロシア国内やベラルーシあたりで存在を明らかにすると〈不慮の事故死〉や〈遺書のない自殺〉になることがほぼ確定ですから、逃亡先を確保しないままああいう行動を起こしてああいう決着をつけるというのも考えにくいのですよね。今ごろはMI6とかに保護されているのでは、と映画みたいなことを考えてしまいます。

水着撮影会の次に槍玉に挙げられるのはこれか、とTwitter界隈で話題になっているものがある。

つまり、女子選手にセパレート型のコスチュームを着させるのはけしからんというのである。

女子選手の服についてのこういう話は、大きな話題にはならないにせよ以前から時折出てきてはいるので、特に今になって始まったことではない。そしてその都度、陸上選手当事者たちやその周辺からの反論が噴出するのも、特に今になって始まったことではない。

にもかかわらず、論争ともいえないくだらない論争紛いが何度も繰り返される。理由は簡単だ。〈彼ら〉は人の話など聞かないからである。例の「けしからん、我々がけしからんと言うのだからけしからん」というやつだ。

Twitterなんかで匿名ユーザの発言からプチ炎上になっているくらいなら、さほど実害があるわけではないからまだいい。問題は、たとえば似非フェミや似非リベラルの国会議員が徒党を組んで日本陸上競技連盟に押しかけ、〈女子選手コスチューム改善の要請〉などと、政治権力・影響力を濫用して圧力をかけたらどうなるか、だ。いかんせん〈彼ら〉は人の話など聞かない。「けしからん、我々がけしからんと言うのだからけしからん」なのである。そして、それと似たような事態がつい最近実際に起きたことは、記憶に新しすぎて忘れようがない。

不当な表現規制圧力を放置しておくと、あらゆる方面にあらゆる形でエスカレートしてゆく。自分は水着撮影会などに興味がないし、むしろあんなものは低俗でキモいイベントだから表現の自由だの無視してつぶせばいい、などと考えていると、いずれ〈彼ら〉はあなたの首を絞めにやって来る。

ナチスが最初、共産主義者を攻撃したとき、私は声をあげなかった。私は共産主義者ではなかったから。
社会民主主義者が牢獄に入れられたとき、私は声をあげなかった。私は社会民主主義者ではなかったから。
彼らが労働組合員たちを攻撃したとき、私は声をあげなかった。私は労働組合員ではなかったから。
そして、彼らが私を攻撃したとき、私のために声をあげる者は、誰ひとり残っていなかった。
[マルティン・ニーメラー]

国民の人権を踏みにじりその生命と財産を脅かす、国家と国民の敵を、ぼんやりと看過してはならない。