言っていることがまるっきり変です。

記事コメント欄で結構ツッコミが入っている通りです。ヤフコメなんて8割方はアホばかりというのが普通ですが、この記事に付いているコメントは比較的まともなのが多いと思います。

言っていることが変だというのが分からない人は、試しに、この記事のサッカーの要素をロック・ギターとかに置き換えて読んでみてください。

夢は「世界で活躍するプロサッカー選手」だという海斗さん[仮名、高校2年生、サッカー部所属]。そんな彼の母親は契約社員として働くシングルマザーで、海斗さんの夢のために努力を惜しみません。

海斗さん(仮名)の母親
「チームが強くなればなるほど、お金はすごくかかります。遠征も県外に出るようになる。1回2万から3万円。年間では60万、70万とか、それ以上かもしれない。サッカーを続けるために、昼の仕事プラス飲食店、コンビニ、多い時は3つ掛け持ち」

何言ってんだこいつ、というのが正直な感想です。

「せかいでかつやくするプロサッカーせんしゅになりたいです」なんてのは、小学生が卒業文集に書くことですよ。高校2年にもなれば少しはまともに将来を見据えて考えるべきで、全く親も子も何を寝ぼけて夢を見続けているのだろうとしか思えません。

駄目野党や似非リベラルが、発言切り取り、言いがかり、言葉狩りばかりというのはいつものことではありますが、ここまでひどいのは初めて聞いた気がします。

もはや言葉狩りですらありません。しょうもないこじつけです。馬鹿馬鹿しすぎます。小学生の喧嘩のレベルです。

自民党は問題だらけでふざけた政党ですが、少なくとも立憲民主党よりははるかにましでまともだし、ゆめゆめ「悪夢の民主党政権」の再来を許してはならない、という思いを新たにしている今日このごろであります。

昨夜のNHK大河ドラマ「光る君へ」第20回「望みの先に」では、いよいよ花山法皇に矢が射かけられたことから始まる長徳の変に突入しました。

この長徳の変、歴史解説などではたいてい、藤原道長が法皇絡みの騒動を利用して、政敵である藤原伊周、隆家兄弟を追い落とした政変、というふうに書かれています。けれども、伊周や隆家のふだんからの行状や、事の経緯はどうであれあろうことか法皇に矢を射るという所業のほか、いろいろなやらかしを考え合わせてみますに、道長が利用するもなにもあの2人は相応の処罰を受けただけのように思えます。

そのような朝廷内の政局と並行して、藤原為時がついに官職を得るに至る状況も描かれました。いったん淡路守に任じられた為時が、女官を通じて漢文の句を一条天皇に献じ、それを見た天皇が感動して任を越前守に変更した、というのが後世に言い伝えられているところですが、実際にあの句を書いて送ったのが為時ではなくまひろ(紫式部)の筆であった、というドラマの筋書きはなかなかアクロバティックでおもしろかったですね。元代筆屋のまひろの面目躍如といったところでしょうか。まあ、絶対に史実ではないと思いますけど(笑)。実際のところとしては、やはりドラマにも出てきたように、越前に多数の宋人が漂着していたため、越前守を漢語にたけた為時に急遽変更したという事情があったのだと思います。さすがに天皇があの漢文だけで決定を覆すとは思えませんからね。

さて、伊周と隆家が捕らえられる段に至っては、ききょう(清少納言)とまひろが妙な格好をして邸内に忍び込むという一体何のための演出なのか不明なギャグっぽい要素もありつつ、次回予告によればどうやら、中宮定子サロンの裏切り者のごとく噂されて里に下がることになる清少納言が『枕草子』の執筆に取りかかるという、まともな歴史ドラマの運びになりそうです。裏には藤原斉信の影があったりするところ、うまい脚本だなとまたまた感心しました。

私はもはや「若者」ではありませんが、レジでタラタラと財布から現金を取り出す客が前にいると苛立つたちですね。公共料金支払いなどなら仕方ないと思いますが。

話は変わりますけど、昨春、真宗大谷派本山・真宗本廟(東本願寺)での宗祖親鸞聖人御誕生八百五十年・立教開宗八百年慶讃法要への参加のため上山した折、境内の〈お買い物広場〉でキャッシュレス決済する客がまるでいなかったことには驚きました。時期ゆえに結構混雑していて、確かキャッシャー3〜4台でさばいており、どこも列を作っていたのですが、脇に1つだけあったキャッシュレス専用のキャッシャーだけ客がいなくて「クレジットの方はこちらで承りまーす!」とわざわざ呼んでいました。私がそこにいた十数分の間に、キャッシュレスで買い物をしたのは何と私を含めて2人しかいませんでした。ほかはどこも並んでいたのに。

遠方から旅行に来て、あそこで買うものもそこそこ値が張るのに、それだけの多額を現金で持ち歩くというのは、私は怖くてできませんね。異世界でした。

離婚に至るのは男が悪いからに決まっているので共同親権を認めてはいかん、だそうですよ。言っていいことと悪いことの区別もついていないとは、まさにこういう奴のことです。

日本でフェミニズムやリベラルを標榜する連中の正体は、大概これです。私が常日頃「似非フェミ」「似非リベラル」と呼んでいる理由が、いいかげんにもう分かったでしょう。こんなのが日本の知性のようなツラをしてあちこちで妄言を垂れ流しているのですから、たまったものではありません。

この人は特異な例というわけではありません。繰り返しますが、日本でフェミニズムやリベラルを標榜する連中の正体は、大概これです。