12年も前というかなり古いネタですけど、私は昨日まで知りませんでした。ねらーではないもので。

人呼んで〈伝説の92〉─。あちこちでまとめられているようですが、たぶん「鬼女速」版が一番分かりやすくまとまっていると思います。まあ、知らない方はとりあえず見てやってください。

ほら、根本的に話のかみ合わない馬鹿っていますよね。それです、それ。

最初は釣りネタかと思ったのですが、どうやらそうではなさそうです。

また、これは自分で検索してみてさらに驚いたのですが、この〈伝説の92〉みたいなのは世の中に意外といるようでして──。

米ボーイング(Boeing)は、ここ数か月で2件の墜落事故を起こした同社737MAX型機に搭載されている失速防止システム「MCAS」を10日以内に修正する。

ボーイング737MAXが5カ月で2機墜落したのは、MCASなるものの欠陥が原因である可能性が高い、という話は聞いていましたが、そもそも「MCAS」が何の略であるのかという基本情報を教えてくれる記事がなくてイラついており、何とか自分で探してきました。

“Maneuvering Characteristics Augmentation System” だそうです。「操縦特性向上システム」と訳されています。

ちょっと私は驚きました。実は、一定以上の規模の民間航空機にはTCASという装置が搭載されていて、恐らくTCASとMCASの「-CAS」の部分は同じ言葉の略だろう、と私は勝手に想像していたのですが、これが違っていたのです。確かに、挙動の違いを考えると、同じ用語の略であるわけがないのでして。

TCASは “Traffic Collision Avoidance System” の略で「空中衝突防止装置」と訳されます。簡単にいうと、TCASを搭載した飛行機同士が衝突しそうな感じで接近したときに、片方の機には「右旋回、上昇せよ」と指示を出し、もう片方には「右旋回、下降せよ」と指示を出すなどして、衝突を防止する優れものです。航空管制官の指示よりもTCASの指示を優先するよう、現在の操縦士たちは指導されています。

今話題のB737MAXのMCASのほうはというと、飛行機が失速状態に陥りそうだと勝手に判断したら勝手に機首を下げてくれるという、何だか大きなお世話的な装置です。

TCASは飛行機の衝突を防止するために警告・指示を出すだけの装置ですが、MCASは飛行機の失速を防止するために勝手に操縦してしまう装置です。素人考えですが、MCASって、何これ、怖くないですか?

とはいっても、要は、MCASが変なことをした場合には操縦士がただちにシステムを解除してしまえば事なきを得るのですが、そもそもMCASというのが新しい装置なので世界の操縦士たちもよく分かっておらず、その扱いについては訓練メニューに入っておらず、またボーイングも「あぶないのできをつけてください」と言ってはいたものの周知徹底がなされていなかったようで、というか「あぶないのできをつけてください」とか言わないでそもそもその欠陥装置を何とかしておけよボケという話にしかなりません。

さらにいうと、だいたいなぜボーイングはB737MAXにMCASなどという変なものをわざわざ搭載することにしたのかというと、B737MAXの構造上やや機首が上がり気味になる特性があるからだそうです。だったら、その機首上がり癖を直すのが筋ではないかと思うのが普通でしょうに、何を考えているのですか、ボーイング。

まあ普通そうなりますよね、という案件です。一つ言っておきますが、ボーイング737MAXを「B737」と略してはいけませんよ、共同通信。別物ですから。

現在すでに日本の空にB737MAXは飛んでいませんので、乗り入れ停止措置による変更は実際にはありません。早いところ事故原因と当該機種の欠陥を見つけて改修すればいいのですが、なぜ1件目の事故の時にただちにやらなかったのかと言いたいですね。

昭和初期ぐらいまでだろうか、かつて日本では、子供が生まれたときに親が名前を与えるのではなく、祖父が名付け親になったりすることが普通に行われていた。ほら、時代劇でそういう場面があるだろう。「父上、どうかこの子に良き名前を授けてやってはくださいませぬか」みたいなの。自分で自分の子供に名前を付けることもできないなんてひどい話だ、封建制だか家父長制だか知らないがそんな狂った世の中に生まれなくてよかった、と若い頃の私は思っていたものである。

ところが、十数年前からちょっと違う考えも持つようになった。DQNネーム(キラキラネーム)というやつが増えてきたからだ。若い親に子供の名付けをさせるとろくでもないことになりがちだし、昔のように祖父母あたりが命名する慣習を復活させたほうがよいのではないか、と。

しかし、最近とあるニュースを読んで、その考えも改めざるを得なくなってきた。

「王子様」と名付けられた少年が、家裁に改名を申し立てて認められたというこの話は、すでにかなり話題になっているし、特に概要説明の必要はないと思う。ただ、私が気にかかったのは次の点だ:

いじめの被害こそ受けなかったが、みじめな思いは蓄積していき、高校卒業後の新生活が始まるのを機に改名を決意。母は快く思わなかったが、父は「おまえの人生だ」と受け入れてくれた。
[同。ただし部分強調は筆者]

何と、彼の母親はいまだに改名を快く思っていないという。「王子様」と名付けたことを全く悔いていないというのだ。つまり、このたび改名した彼が将来子供をもうけた際、もし昔のように新生児の祖父母が命名する慣習に従ったとしたら、彼の母すなわち頭に何が入っているのか分からないDQNネーマーが孫娘に「王女様」と名付けたりするおそれが否定できない。

結局、昔のやり方を採ってみたところで、DQNネーム防止策として有効ではないのである。

そこで私は考えた。この改名少年のように、一定の年齢に達したら自分で自分の名前を考え直すというのが、もっと一般化すればよいのではないか。そうだ、昔は幼名から改名するのは普通のことだったのだから、あの流儀に戻せばいいのだ。これですべて解決である。

──と思ったが、私はすぐにその考えも引っ込めなければならない気がしてきた。なぜなら──自分で自分にDQNネームを付ける馬鹿が出現する可能性があるので。まあ、自分で自分に名付ける分には、どんな馬鹿げた名前でもかまわないといえばかまわないのかもしれないが。