昭和初期ぐらいまでだろうか、かつて日本では、子供が生まれたときに親が名前を与えるのではなく、祖父が名付け親になったりすることが普通に行われていた。ほら、時代劇でそういう場面があるだろう。「父上、どうかこの子に良き名前を授けてやってはくださいませぬか」みたいなの。自分で自分の子供に名前を付けることもできないなんてひどい話だ、封建制だか家父長制だか知らないがそんな狂った世の中に生まれなくてよかった、と若い頃の私は思っていたものである。

ところが、十数年前からちょっと違う考えも持つようになった。DQNネーム(キラキラネーム)というやつが増えてきたからだ。若い親に子供の名付けをさせるとろくでもないことになりがちだし、昔のように祖父母あたりが命名する慣習を復活させたほうがよいのではないか、と。

しかし、最近とあるニュースを読んで、その考えも改めざるを得なくなってきた。

「王子様」と名付けられた少年が、家裁に改名を申し立てて認められたというこの話は、すでにかなり話題になっているし、特に概要説明の必要はないと思う。ただ、私が気にかかったのは次の点だ:

いじめの被害こそ受けなかったが、みじめな思いは蓄積していき、高校卒業後の新生活が始まるのを機に改名を決意。母は快く思わなかったが、父は「おまえの人生だ」と受け入れてくれた。
[同。ただし部分強調は筆者]

何と、彼の母親はいまだに改名を快く思っていないという。「王子様」と名付けたことを全く悔いていないというのだ。つまり、このたび改名した彼が将来子供をもうけた際、もし昔のように新生児の祖父母が命名する慣習に従ったとしたら、彼の母すなわち頭に何が入っているのか分からないDQNネーマーが孫娘に「王女様」と名付けたりするおそれが否定できない。

結局、昔のやり方を採ってみたところで、DQNネーム防止策として有効ではないのである。

そこで私は考えた。この改名少年のように、一定の年齢に達したら自分で自分の名前を考え直すというのが、もっと一般化すればよいのではないか。そうだ、昔は幼名から改名するのは普通のことだったのだから、あの流儀に戻せばいいのだ。これですべて解決である。

──と思ったが、私はすぐにその考えも引っ込めなければならない気がしてきた。なぜなら──自分で自分にDQNネームを付ける馬鹿が出現する可能性があるので。まあ、自分で自分に名付ける分には、どんな馬鹿げた名前でもかまわないといえばかまわないのかもしれないが。