安倍元首相の暗殺を「世直し」と評した都立大教授がいまして、数カ月後に彼自らが暴漢に襲われるという笑えない喜劇がありました。自分が襲われたのも「世直し」なのかと問われた彼が「安倍へのテロは良いテロ、私へのテロは悪いテロ」(趣意)などと言いきるものだから、すっかり失笑を買いつつ現在に至っています。

かくしてテロを肯定する愚か者どもの声が、昨日の岸田首相襲撃を誘発したといっても決して過言ではないでしょう。今さら言うまでもなく、テロは許されるものではありません。

民主制国家における〈世直し〉は、必ず民主的な手続きを経て行われるべきものであり、これからそれること(特に暴力的手段への訴え)を言ったりそれを実行したりするのは、民主制の否定にほかなりません。まさしく民主制の敵であり、民主国家とその国民の敵です。渋谷で警察官を殺害した連中や、テルアビブで銃を乱射した連中と、全く同類です。

よく観察しておきましょう。

宮古島市役所に勤める50代男性は「もし陸地に墜落していたら、大変な事態になっていた」と不安そうに言い、こう要望する。

「なぜ事故が起きたのか、本当に機体は安全なのか、住民に説明する必要がある」

自衛隊機や米軍機が事故を起こすたびにこういうことを言うアレなのがいますけど、「もし陸地に墜落していたら、大変な事態にな」るのは自衛隊機や米軍機に限ったことではありません。私の家の上空あたりをよく通過する民間機がもしここに墜落してきたら、大変な事態になります。かつて御巣鷹山に墜落した日航機がもし東京都心に墜ちていたら、大変な事態になっていました。飛行機やヘリに限らず、うちの前を行き交う自動車がもし時速100キロ超えの暴走で歩道の歩行者を巻き込みつつうちに突っ込んでくれば、大変な事態になります。

つまり、自衛隊機や米軍機の事故のときだけこういことを言う、上記の「宮古島市役所に勤める50代男性」やその言葉をこんなふうに記事にする媒体には、別の意図があるということです。

──とはいうものの、新聞各社なんぞ共同通信の配信記事をちょいと載せただけだったり、それに少し便乗したりしているだけにすぎません。何十年も沈黙してきたくせに。なにより、テレビはNHKが数分触れたっきりで、民放は今もなお完全に黙殺しています。しっかり報じている媒体は、BBCと文春とネットメディアだけといっていいです。

一芸能事務所にすらビビって何も言えないくせに、放送法ウンタラの騒ぎでは政治的圧力に屈せず断固として報道だのとほざいているわけですよ、テレビどもは。まあ、政治的圧力などない(あるいはないに近い)というのが事実だから、政府をサンドバッグにしてそんなふうにカッコつけられるのでしょうな。

まあ、だいたいこういうのはきちんと話を聞いて意味を理解するということなしに「接種は不要だったのか」とか喚きだすアレなのが多く、しかもそういうのはコロナ禍で3年たっても何も学んでいませんから、医療関係者もいちいち相手にしないといけなかったりして大変ですね。

馬鹿にも分かるように説明に工夫をこらしたところで、そもそも馬鹿は説明を聞かないのです。

煽り運転をする奴らの言い分がアレすぎて話になりません。

しかも、煽り運転をした奴の56.5%が「後悔していない」と答えています。まあ、そうなのでしょうね。煽り運転の取り締まりの要件を大幅に緩和すべきだと思いますよ。ドラレコ映像だけで検挙できるようにするとか。

それと、煽り運転をするのは必ずしもチンピラ風情の連中とは限りません。「子供が乗ってます」ステッカーを付けた家族連れ良きパパのミニバンなんかもよくやらかします。