埼玉県営公園のプールを管理する県公園緑地協会が、水着撮影会での衣装やポーズについての暫定的なルールを定めたという。

私の基本的な考えとしては「安心してください。はいてますよ」であり、「卑猥」だの「過激」だのという客観性の乏しい基準による規制はあるべきではないと思うが、とはいえ県営公園という場であることを考えればいくらかの規制はやむを得ないということも理解できる。

さて、このたびの水着撮影会騒動の火付けとなった共産党が、このルール策定を受けて言いそうなことは想像がつく。「我々の問題提起がきっかけとなって、水着撮影会の運営健全化が実現した」とでもほざくのだろう。共産党のいつもの勝手な自己正当化と謎の勝利宣言だ。しかし、そんな内輪ウケの話にウンウンうなずいて歓喜するのは、党員もしくは盲信的支持者ぐらいのものだろう。外から見れば例によって、寝言は寝て言えの案件である。

あの連中はほうっておくとすぐに歴史修正を始めるから、改めてしっかり歴史的事実を確認しておく。共産党は水着撮影会に関して、健全運営のための提言などしたのではない。水着撮影会という〈低俗でけしからんイベント〉そのものを、都市公園法第1条違反という屁理屈にもなっていない言いがかりで、つぶしにかかってきたのだ。

イベントの運営健全化ということであれば、県議であれば県議会に提案するのが筋というものである。しかし、共産党県議団は議員としてのそういう本来の民主的手続きをせず、まさに乱暴なカツドーカよろしくプール管理者のもとへ押しかけて圧力をかけイベントを中止に追い込もうとした。このように政治的権力・影響力の刃をはっきり国民に向けてきた共産党は、国民の人権を踏みにじり生命と財産を脅かす、国家と国民の敵であるという評価を、もはや免れ得るものではない。

相変わらず、寝言は寝て言えの案件である。明日は埼玉県知事選告示日なので、今日のうちに出しておく。

共産党埼玉県委が「県民一人ひとりに寄り添うあたたかい県政」と言うところの「県民一人ひとり」には、例えば水着撮影会の関係者などは含まれないのであろう。単に自分たちの好き嫌いで人間をラベリングし、気に入る人間にのみ人権を認め、気に入らない者たちを政治権力・影響力を濫用してつぶしてゆく独裁的かつ強権的なスタイルを、水着撮影会騒動であらわにしてみせた共産党のくせに「県民一人ひとりに寄り添うあたたかい県政」などとは、全くもって噴飯物である。自分たちで言っていて恥ずかしくないのか。

なぜお前は水着撮影会なんかにそんなにこだわるのか、あんなイベントがなくなったからといって困る人はほとんどいないだろう、と笑う方がまだいるかもしれない。これは極めて重要なことだから改めて言っておく。表現の自由などこのたびの騒動で危機にさらされた国民の諸権利は、憲法で保障されている基本的人権であり、民主政治の根幹をなすものであって、決して軽視されるべきではない。これは意見の相違や政策の違いという以前の段階、民主政治の根本の話だ。水着撮影会がなくなったからといって困る人はいないという言いぐさは、共産党がなくなったからといって困る人はいないと言うのと変わらない。水着撮影会を共産党が政治権力・影響力でつぶしてかまわないなら、共産党を国家や与党が超法規的に弾圧することも全く問題ないことになってしまう。居酒屋談義の冗談でそんな話を交わすぐらいならまだしも、曲がりなりにも公党や議員という立場で政治・行政の場に持ち出してよい話ではない。そして、それを実際にやらかしてしまった上、何の総括もしていないのが、このたびの共産党の体たらくだ。時間がたったら忘れてよいというものではない。

こんな基本的な道理もわきまえていない集団が「県民一人ひとりに寄り添うあたたかい県政」などと口にするとは、冗談にしてもつまらなすぎるし、そもそもそんな者らに民主政治を語る資格などない。共産党員は全員、中学校の公民の授業を受け直してくるべきである。

まあ、実際のところ共産党がなくなっても困る人なんかいないし、共産党なんて百害あって一利なしとまでは言わないまでも一利ぐらいしかないから、共産党なんぞつぶしてかまわないのは事実である。けれども、国家や与党が超法規的に弾圧していいはずがなく、あくまでも選挙という民主的手続きによって政治の舞台から排除する形をとらなければならないのだ。

フランス大使館のGoogleレビューがおもしろいことになっているらしいので、見てみました。確かにおもしろいことになっていました(笑)

私はフランスではなくて某国の大使館に関して悪い思い出があるのですが、さすがにここまでひどくはありませんでしたよ。まあ、私なんぞフランスに用事があったとしても、どうせビザなしの範囲でしょうから、大使館で嫌な思いをさせられることもありませんわね。

先日も触れたTwitterの新機能、コミュニティノートが、あちこちで大活躍です。

このようにTwitterでは、デマはたちどころにしてコミュニティノートですべての閲覧者に分かるように否定されてしまうため、カツドーカたちが大衆煽動の道具として使えないものになってしまいました。ざまぁ!

ところで、コミュニティノート絡みで私がネタとして取り上げようとしていたツイートがあったのですが、コミュニティノートによる背景事情の追加で嘘がばれて、投稿者が慌ててツイートを削除してしまったようです。仕方がないので、誰かが保存したアーカイヴを参照してください。キャプチャ画像はこちら:

もう一度言います。

このようにTwitterでは、デマはたちどころにしてコミュニティノートですべての閲覧者に分かるように否定されてしまうため、カツドーカたちが大衆煽動の道具として使えないものになってしまいました。ざまぁ!

もうね、Facebookとか内輪ウケに適したツールだけで盛り上がっていればよろしいのでは。

埼玉県知事選(8月6日投開票)に共産党が独自候補を擁立するという。

先の水着撮影会騒動において、国民の人権を踏みにじり生命と財産を脅かす、国家と国民の敵という正体をあらわにした共産党が、騒動の総括をしないどころかその件に一言も言及しないまま、あろうことか騒動の現場であるこの埼玉県で知事選に土壇場でしれっと候補を擁立するとは、県民をなめるにも程がある。どうせ当選しないことは明らかであるが、こうなったからには完膚なきまでに叩きのめされるがよい。

共産は2019年の前回知事選で[現職の]大野氏を自主支援した経緯があるが、党県委員会の荻原初男委員長は「自民党県政の復活を許さないためだった。(4年間で)大野県政の政治的立ち位置が変化し、国政で国民を苦しめる政党の支持を受けている。擁立して闘うことが県民の利益につながる」と説明した。
[同]

国民の人権を踏みにじり生命と財産を脅かす、国家と国民の敵である共産党が「闘うことが県民の利益につながる」などとは、たわけも甚だしい。共産党が指一本動かすだけでむしろ県民の損害につながると言うべきである。実際、水着撮影会騒動ではそうだったのだし、その件を党として全く顧みないのだから極めて悪質だ。

[柴岡氏は]公約には子育て支援の推進や国民健康保険税引き下げ、省エネ・再エネによる経済活性化などを掲げ、地域経済や国防問題について「国にものを言える県政を目指す」とした。
[同]

国民の人権を踏みにじり生命と財産を脅かす、国家と国民の敵である共産党が「国にものを言える県政を目指す」などとは、何とたちの悪い冗談か。共産党が目指しているのが、党の方針のままに県民を管理支配できる恐怖県政であることは、水着撮影会騒動における党の姿勢からも明らかすぎるほどに明らかである。ほう、「公約には子育て支援の推進や国民健康保険税引き下げ、省エネ・再エネによる経済活性化などを掲げ」ているのか。どうせ財源はナイブリューホカゼーなどと寝言を言うのだろう。

独裁強権政治指向の共産党を、われわれ県民は知事選という民主的手続きの場において、徹底的に否定するであろう。共産党候補を単に敗北せしめるのではなく、その獲得票を一票でも減らすべく、良識ある県民たちは思考するであろう。自らの起こした騒動の後始末もしないままに、ほんのひと月ふた月で知事選に候補を擁立するような己らの愚かさを知れ。