テクスト: 阿部智里『弥栄の烏』 東京、文藝春秋、2019年。初刊は同社、2017年。

〔2019年7月7日(日)読了〕

八咫烏シリーズ第6作、堂々の第1部完結篇である。

実はシリーズ第5作『玉依姫』もちゃんと読んであるのだが、正直、あまりおもしろくなかったので当サイトでは触れなかった。おもしろくなかったというのは、つまり、外伝的なつなぎのようなエピソードだからだ。加うるに、ファンタジー世界を現実世界にリンクさせる試みが中途半端で、恐らくは民俗学者などにはウケが悪そうな感じがした。

とはいえ、そんな『玉依姫』も、八咫烏シリーズを読むのであれば飛ばしてはいけない一冊だったことを一応言っておく。というのも、第1部完結篇である第6作『弥栄の烏』は、時系列的には『玉依姫』と並行して進む物語だからだ。

『弥栄の烏』においては、山内世界の創世の謎がついに解き明かされる。第1作では雅やかな王宮絵巻の舞台となっていたはずの山内に、今や阿鼻叫喚の地獄絵図が現れる。優しくて聡明な少年だったはずの人物が、ある出来事を機に冷徹な武人となる。奈月彦は記憶の失われた自らの名前を取り戻し、八咫烏たちの世界を守ることができるのか──。

緻密に構成されたファンタジー世界、そして一行一字たりとも手を抜かない筆致のすばらしさには、ひたすら感服するばかりだが、特に、鳥肌が立ったのは終盤近くのこの場面だ:

猿は、ゆっくりと顔をもとに戻し、奈月彦を見下ろした。

目と目が合う。

そして──にっこりと、無邪気に笑った。

[341頁]

この部分は前後も引用しないと意味が分からないのだが、ネタバレを防ぐためにあえてやめておく。こういう心の動きをこんなふうに描ける、阿部智里氏の才能に改めて驚いた次第である。

さて、今年じゅうにはシリーズ第2部「楽園の烏」が刊行される予定だという。八咫烏たちの山内世界で今後どういう物語が織り成されてゆくのか、阿部氏の筆に大いに期待している。