私はこれまで、似非リベラルや似非左派は慢性の中二病だと思ってきたのですが、最近になって、あれはどちらかといえば二歳病なのではないかとも思うようになりました。ええ、よく知られているイヤイヤ期というやつです。

ほらね、読んでみるとまさにドンピシャリでしょう。あんな新聞やあんな政党やあんなカツドーカたちの言動が、だいたい説明できてしまいます。

日本に入国・帰国する際にワクチン接種証明があれば陰性証明は不要、というところまで水際対策が緩和されるのは一体いつなのか、早くしてくれ、と待っているうちに、円安と燃油高のせいで国際線航空運賃が上がってゆく今日このごろです。東京−バンコクの往復料金が6桁とか、見ていて唖然とします。

新型コロナウイルスの第7波が来ている時に水際対策の緩和だなんて、などと思う人はそもそも理屈も趣旨も分かっていないのですよ。水際対策を強化しようが緩和しようが、第7波は来ますし収束時期にも影響しません。水際対策とは文字通り水際で上陸を食い止めるためのもので、現状としては対象が内陸までしっかり入り込んでいますから、水際であれこれやることには意味がないのです。それよりも、感染予防策をしっかりやってゆくことのほうが大事でしょう。

朝日新聞は、人としてやってよいことと悪いことの区別がつかなくなったようです。

表現の自由はありますが、あまりにも異常な表現をすれば品性を疑われることには甘んじなければなりませんよ。大っぴらに人の死を笑いのネタにするのは極めて悪趣味です。

Twitterではさっそく #朝日川柳 タグが生まれ、アンサーソングの数々が──

テロを「正しかった」などと言うのは憚られるのが本来ですが、いかんせんこのたびは朝日新聞のほうが安倍元首相暗殺を賛美していると受け取られて当然の表現を紙面に載せてしまっていますからねぇ。

私も何句か投じてみましたが、そのうちの3句を──

朝日新聞の読者がいっそう減ることを願ってやみません。

安倍元首相の国葬を行わなかったら、世界からどれほど変な目で見られることになるか、というのが分からない人が結構いることに驚いています。〈世界知らず〉も大概にしてほしいですよ。

その筋には「弔問外交」という言葉もある通り、国葬というのは諸国の指導者たちがしがらみなく対面し得る場でもあるのですがね。極端な話(あくまでも極端な話ですよ)、ウクライナとロシアの首脳会談さえできるかもしれない場です。

しかるに、ある種の人々は、安倍氏のことが憎くて憎くてたまらないので、彼が死後もなお大きな仕事をすることになりそうなのが嫌なのでしょうか。

「いかなる人の命も尊い。殺されてよい命などない」──などとふだん熱く論じていそうな人々の一部が、今や「安倍氏は暗殺されて当然」と平然と言っていたり、あるいは言いたくてムズムズしていたりする様子に、失笑を禁じ得ない。

非常時には人間の本性があらわになるからよく観察しよう、と私は一昨年から2年以上にわたり言い続けてきた。安倍元首相暗殺は、その報が国内のみならずそれこそ世界じゅうを駆け巡ったことからも、非常事態に準ずる事件であるといえる。そう、こんな機には人間の本性があらわになるから、改めてよく観察していきたい。

わが真宗大谷派にはびこるカツドーカ僧侶たちも例外ではない。いつも「兵戈無用」の幟なんぞを掲げて「殺したくない。殺されたくない。殺させたくない」とか叫んでいるあの人たちの動向を、よく見ておこう。宗門の機関紙なんかをチェックしてみたらなかなかおもしろそうだ。

先に言っておこう。彼らは必ず「殺人を正当化するわけではないが」というたぐいの言い訳的な〈枕詞〉から論を始めるだろう。しかし、高校の国語の授業で教わる通り、枕詞には実質的な意味などない。