テクスト: 中山七里『切り裂きジャックの告白 刑事犬養隼人』 東京、KADOKAWA、2014年。初刊は同社、2013年。

〔2018年4月12日(木)読了〕

中山七里氏の作品は、とてもおもしろかったりとてもつまらなかったりするが、本書は間違いなく前者であった。

東京都内の警察署の真ん前で、臓器のほとんどを摘出された若い女性の死体が発見される。程なくして某テレビ局に「ジャック」を名乗る者からの犯行声明文が送りつけられ、さらに第2、第3の犯行が行われ──。

ジャックという猟奇殺人犯は何者なのか、皆目分からない中、捜査は意外な展開を見せてゆく。

単なる連続殺人事件謎解きミステリーではない。物語にやがて臓器移植をめぐる論争が絡んできて、そこにかなりのページ数が使われることで、本書は俄然として社会派小説の色を強く帯びてくる。

人によってドナーカードを持つ意味合いは千差万別だ。カードに署名する手間しかいらないので献血よりもお手軽になっている。それなのに[臓器移植コーディネーターは]カードの存在を盾に分かりもしない本人の気持ちを勝手に代弁し、自分たちの都合のいい方向に持っていこうとしているではないか。
[228頁。ただし部分強調は筆者による]

そうなのだ。ドナーカード所持者は実のところ、脳死という重要な事柄についてきちんと自分や家族に引き当てて考えることもしていないくせに、「いのちへの優しさと思いやり」とかいう安っぽい宣伝文句に乗せられて、献血よりも軽い気持ちでカードに署名して持ち歩きイイヒトになったつもりでいるだけの、頭の空っぽな者が少なくないのではあるまいか。もちろん、じっくりと熟慮した上でドナーカードを持っているのなら、それはそれでかまわないが。

ジャックの事件は、恐らく誰も予想のつかなかったであろう形で幕を閉じる。ミステリーとして実に上出来だ。そしてさらに、脳死と臓器移植という問題を改めて読者に投げかける形で、本作は終わる。読む前はちょっと軽く見えたが、読み終えてみればズシリと重い一冊であった。