何げなくテレビでながめていると、アメリカでは圧倒的多数の国民がトランプ大統領の入国禁止令に反対していると錯覚してしまうかもしれない。これは、今のアメリカ(のみならず日本を含む諸国)のメディア報道における反トランプ色が強いため、それらのフィルターを通して見ると、入国禁止令が多くのアメリカ国民から反対されているかのごとく見えてしまうからである。

例えば、先年は日本においてSEALDsをちやほやするメディアが多かったため、あのガキどもが絶大な支持を得ているかのごとく勘違いされがちだったけれども、実際には支持は同世代ですら極めて少数派だった。それと同じことだ。

メディアはしばしば事実そのままを伝えようとせず、自分たちの願望に照らして都合よくコンテンツを切り貼りしたものをあたかも事実そのままであるかのごとく報道する。このやり口は日本よりむしろ外国のメディアのほうがひどく、そのことは東日本大震災と福島第一原発事故で嫌というほど思い知らされたものである。メディアには十分気をつけないといけない

話を戻そう。実際のアメリカの世論調査結果を見れば分かるが、入国禁止令に対する賛否は半々で拮抗している。

調査した社によって、若干賛成が多かったり反対が多かったりするが、概ね半々で拮抗しているととらえてよい。つまり、アメリカ人のざっくり半分はあの入国禁止令にイェスと言っているのだ。

アメリカといえばニューヨークやサンフランシスコなどの都会を連想し、中学の地理の授業で教わった「人種のるつぼ」という言葉を思い出し、多人種多民族が共存共栄する社会を想像する人は、このような〈アメリカらしくない〉世論の動向に困惑するかもしれない。しかし、自分の思い描いてきた〈アメリカらしさ〉こそが、実はアメリカに対する大いなる誤認であったのだということに、この機に気づいたほうがよい。

アメリカの大部分を構成しているのは、ニューヨークでもサンフランシスコでもなく、荒涼たる砂漠の中に延びるハイウェイを車で飛ばして2、3時間の距離を隔てつつ散在する町々である。そう、例えば映画『バック・トゥ・ザ・フューチャー』の舞台となるヒル・ヴァレーのような。あるいは、見渡す限り延々とトウモロコシ畑の広がるド田舎である。そう、例えば映画『フィールド・オブ・ドリームス』に見られるような。そういった所に住む人々は、自分の町や村の外のことなど知らないしどうでもいいのだ。

「アメリカ人」と言うとき、マンハッタンのスターバックスでノートPCを開いている移民系のビジネスマンの姿を思い浮かべるようなら、アメリカに対する見方を誤る。どちらかといえば、「カントリー・ロード」がBGMになりそうな農道でさわやかな風に吹かれながらドでかいトラクターを運転する白人のキリスト教右派のオッサンを思い浮かべたほうがよい。

あの男を合衆国大統領にしたのは、紛れもなくそういった、われわれが勝手に思い込みがちな〈アメリカらしさ〉からは程遠い現実のアメリカ人たちなのである。そして、われわれが相手にしているのはそういう国だ。