テクスト: 梶尾真治『怨讐星域』 全3巻 東京、早川書房、2015年。初出は『SFマガジン』(同社)2006-14年。

〔2016年12月10日(土)読了〕

太陽のフレア膨張による地球滅亡が予測された時、アメリカのアジソン大統領は極秘裏に世界の学者や技術者など約3万人を集めて宇宙船で地球を脱出し、172光年のかなたにある地球によく似た惑星「約束の地」を目指して数世代をかける宇宙旅行に出てしまう。

一方、その他大勢が取り残された地球では、テレポーテーション技術「ジャンプ」が開発され、人々は順次「約束の地」へ転送される。先に移住を果たした人々は、道具らしいものもない原始時代の生活からのやり直しを強いられる。数世代後に地球から到着するであろうアジソン大統領一味の末裔への復讐の誓いを代々継承しながら。

各巻の副題は次の通り:

  1. ノアズ・アーク
  2. ニューエデン
  3. 約束の地

第Ⅰ巻「ノアズ・アーク」を読み始めて10ページほどで買ったことを後悔するほどひどい文章だし、100ページも読むと編集担当者がサボっていたとしか思えない出来の書籍である。ああ、これはきっと途中で捨てることになるか、読了したとしても感想を記事にすることはあるまい、と思ったのだが、今こうして全3巻を読みきった上で記事をつづっているということから事情は自明であろう。そう、とてもおもしろかったのだ。クライマックスでは、私は図らずも涙を流しそうになったほどである。

著者自身も年代記のような形で書きたかったと言っているようだが、実に本作はどこかレイ・ブラッドベリの『火星年代記』を思わせるようなものがある(もっとも『火星年代記』のように詩情あふれる文章からは程遠いが)。宇宙船で地球を脱出した人々、テレポートした人々、そして膨張する太陽に呑み込まれ滅びゆく運命にある地球にあえて残ることを決断した人々の、日常の様子が淡々と語られてゆく。

人間は、何百年たとうと、宇宙のどこにいようと、やはり変わらず人間なのだ。そんなことを思わされた。