このたびのタイ旅行は総合的には良かったのだが、実はただ一つ、最低最悪の要素があった。初日に1泊したバンコクのホテルがあまりにもひどかったのである。

ホテルの良し悪しについての個人的な評価というのは、たまたまどんな部屋に当たったのか、たまたまどんなスタッフと接触したのかという、いわば運に大きく左右されるから、自分のホテル体験をことさら強く書くのは控えておくつもりだったのだけれども、昨年泊まったという人の手記を見ても私の体験にかなり似たことが書かれているので、どうやら私は単に運が悪かったというわけではなさそうだし、ぶっちゃけることにした。

昔はいいホテルだったのだ。20年ほど前に泊まったことがある、と先日書いたが、改めてよく調べてみたら正確には17年前。17年前はすばらしいファシリティとホスピタリティのホテルだった。ついでにいうと、旅行業界でバンコク駐在経験のある人に、バンコクのホテルはどこがいいかと訊けば、真っ先に返ってきたのがこのホテルの名前だった。17年前は。

その17年前の記憶のままに、このほどまたそのホテルに予約を入れた私が、どんな目に遭ったかを、だらだらとつづってみたい。タイ旅行を計画中の方の参考として少しでも役立ててもらえれば幸甚である。

チェックインとはかくも疲れるものであったか

スワンナプーム空港からタクシーに乗り、ホテルに到着したのは夕方5時前だったと思う。このホテルは2階がロビー階で、車寄せも2階にあり、正面の通りから車で入ると2階へスロープで上ってゆくことになる。

ところが、私が到着した時、そのスロープの入り口にバーが下りていて進入禁止になっていた。タクシーの運転手が驚きの声を上げる、「VIPが来るから進入禁止だって!」

──はあ? ロビーの車寄せが進入禁止って、あんた、じゃあ車はどこに付ければいいのよ。

運転手が警備員と言い合いを始める。タイ語なので私には内容が分からないが、様子から見るに、警備員がしかるべく誘導していないのは明らかである。タクシーはあっちに回って、あそこで止めて、チェックインの客はあそこから入って、という誘導はせず、とにかく進入禁止なんだよとしか言っていない感じだ。

運転手は困ってしまって、とりあえず適当に建物に近い所に停め、「ごめん、ここで降りて。そこから中に入って、2階ロビーに上がってチェックインだから」と申し訳なさそうに言う。

運転手に文句を言っても仕方がない状況なので、言われる通りにした。しかし、ポーターらしき者はその辺に見当たらない。ホテル1階の車寄せでもなんでもない所でタクシーを降り、2階のフロントまで自分で荷物を運ぶという経験は、これが初めてである。

エレベータで上がってロビーに出たものだから、そこにいたスタッフに「チェックアウトですか?」などと言われる。「違う違う、チェックインだ」と言いながらようやくポーターに荷物を渡し、フロントでチェックインの手続きをした。

カードキーなどを受け取り、さて部屋へと思って後ろを振り返ると、ポーターの姿が見当たらないではないか。私の荷物を持ったポーターが消えてしまっている。

荷物はどこだとフロントのスタッフに尋ねると、もう部屋に運んでいるなどと答える。

──はあ? チェックインが済んだら、ポーターが荷物を持って部屋へ案内するものじゃないの? 世界じゅうどこでも、たとえ3ツ星であっても少なくともポーターのいるホテルなら、そういうものだろ。ましてやこのホテルはデラックスじゃないか。

日本のビジネスホテルみたいな単純な造りであれば、案内なしで部屋へ行くのは難しくないが、大仰なホテルは構造がややこしいので、最初は案内してもらわなければ部屋が分からない。チェックインしている間にポーターが勝手に荷物を部屋へ運んでしまい、ぽつんと体だけフロントに取り残されるという経験は、これが初めてである。

スタッフにカードキーを見せ、私のこの部屋はどこなんだと尋ねると、「奥のほう」などとずいぶん丁寧な案内をしてくれる。仕方なく奥へ進み、先ほど乗ったばかりのエレベータの前でポーターにカードキーを見せたら、再び「奥のほう」と奥を指差される。別館なのだろう。言われた通り奥へ進むが、別館がどこなのか分からない。案内表示も特にない。さんざんウロウロして同じ所を行ったり来たりしながら、ようやく別館のエレベータ・ホールを見つけた。ああ、そういえば17年前も分かりにくかった覚えがあるな、と思い出す。もっとも、17年前はちゃんとポーターが案内してくれたけれど。

エレベータを待っていたら、先に泊まっていたらしい日本人のオバチャン数名があとからやって来た。「ここって分かりにくいわよねぇ」「そう、わたし、今朝迷っちゃったのよ」などと話している。やはり誰も思うことは同じだ。

さんざん苦労してたどり着いた先、私の部屋の前で、ポーターが荷物を持って待っていた。

──お前、何でここで待ってるんだよ。お前のせいでさんざん迷ったぞ。

チップをやるのはやめようかと思ったが、一応荷物を運んでくれたわけだし、不本意ながら少々手渡してやった。

老朽化は織り込み済みとはいうものの

古いホテルだからあちこち傷んでいるのは仕方がない。そんなことに文句を言うつもりはない。ただ、それなりの格式を誇るホテルであれば、たとえ老朽化していてもそれなりのメンテナンスは施してあり、古さがいい味わいを醸し出しているものだ。少なくともこれまでに私の泊まったことのあるスーペリア・ファースト以上のホテルはそうだった。

部屋に入り、疲れていたのでとりあえずくつろごうと椅子に腰を下ろした私は、鏡台の前に小さな虫が1匹這い回っているのを見つけた。蟻かと思ってよく見てみたら、小さいG。スリッパでペシッとたたきつぶす。

服がしわになっていてはみっともないので、翌日着るのをハンガーにつるしておこうと思い、クローゼットを開けたところ、そこにも1匹。

シャワーを浴びてさっぱりしようと思い、バスルームに入ってみたら、洗面台にも1匹。

水回りはよろしくなく、シャワーとバスタブの給湯の切り替えがうまく利かない。両方から半分ずつお湯が出るという馬鹿みたいな状態でシャワーを浴びる。ついでに、タオルも古びている。

これらのトラブルは、安いホテルであれば、よくあることなのでさほど気にしない。シャワーなんざ、お湯が出てくれるだけでも万々歳だ。しかし、何といってもここは腐ってもデラックスのホテルなのだ。それなりの金も払っているのにこんなふうでは、いいかげんに腹が立ってくる。

7時間のフライトのあとで疲れていたし、1泊だけだから我慢することにしたが、2泊以上の予定だったら絶対に部屋を替えさせていたところ。元旅行業界人として言わせてもらうなら、さらにお詫びにワインの一本でも持ってこいというレベル。ホテルに関して、金を返せと本気で思ったのは、これが初めての経験である。

見た目だけは豪華な朝食ビュッフェ

翌日の朝食はビュッフェの分を先払いしてあった。せっかくデラックスのホテルに1泊するのだから、相応の朝食を堪能しておこうと思って、900バーツ以上をはたいた。

実に様々な料理が取りそろえられていて、見た目には大変豪華なのだが、はっきりいって味は大したことがない。900バーツ以上も出す価値は全くない。コーヒーはドールのブレンドのほうがましである。こんなことなら、ホテルの外の適当な店に入ったほうがよかった。

チェックアウト、そしてその後も続く充実のホスピタリティ

朝食後、荷物をまとめて、チェックアウトのためフロントへ向かう。

私は予約時にすべてクレジット決済していたし、余計なものは使っていないので追加の支払いは発生しない。フロントの女性スタッフがパソコンで状況を確認して一言、「OK, you can go」

──はあ? オーケー、ユー・キャン・ゴー、だと? ご滞在ありがとうございましたとか、ほかに言うことはないのかよ。

しかも、だ。私はその日の午後に、ホテルのシャトル・バンでホアヒンに行く予約を入れてあったわけだ。それについての案内もあってしかるべきではないか。案内してくれないから、こちらから話を振る。

「午後にホアヒン行きのバンに乗ることになってるんですが」

スタッフはコンシェルジュに確認し、「はい、予約が入ってますね」

──予約が入ってますね、じゃなくて。

「出発は3時ですよね?」 「はい、そうです」 「料金の支払いは?」 「ホアヒンに着いてから支払ってください」 「バンはどこから出るんですか? そこ[ロビー前の車寄せ]ですか? それとも1階のどこかですか?」 「そこからです」

いちいち訊けば教えてくれるという親切ぶり。さらに、彼女の口から当然出てくるべき「荷物を預かりましょうか」という言葉が出てこない。日本の接客業のような心遣いを海外で要求してはいけないことくらい分かっているが、少なくとも格式あるデラックスのホテルであればそれなりのホスピタリティはあって当然だ。

「荷物を預けたいんですが」

分かりました、と彼女は答え、ポーターに指示を与えたのだが、そのあと私に意表をつくことを言ってきた。

「荷物は何時にピックアップしますか?」

──はあ? お前、今の会話は何だったんだ? 3時にロビー前から出るバンに乗るという話をしていて、荷物を預かってくれって言ってるんだから、荷物は3時前に引き取るに決まってんだろが、このボケ。4時や5時であるわけがないだろ。

頭が悪いのか、客をおちょくっているのか、よく分からない。

とにかく荷物を預けて身軽になり、街をほっつき歩いたりチャオプラヤ川の船に乗ったりして、昼過ぎまで時間を過ごすことに。

2時40分か45分ごろに再びホテルに戻り、荷物を受け取る。預かり証と引き換えに、ポーターが私の荷物を出す。にこやかに微笑してくれて、それで終わり。

──はあ? 「これから空港ですか? ああ、バンでホアヒンですね。では車まで荷物を運びましょう」とかないのか? ここに私の荷物があって、私は今あそこに停まっているバンに乗るんだ。荷物を運べよ。お前、ポーターだろ。お前の仕事は何だ?

まとめ

ここが悪かった、というのではなく、とにかく着いてから出るまで何から何まですべてが駄目なホテルだった。安ホテルならある程度は許すけれど、一応5ツ星デラックスということになっているホテルだ、これが。

繰り返すが、17年前はこんなふうではなかった。17年前は。あんなにすばらしいホテルだったのに。