近ごろ久しぶりにテレビに出演して歌ったことが話題の中森明菜だが、私が彼女の名前を聞くたび瞬時に連想するのは、往年のヒット曲の一つ「北ウイング」(1984)である。私は彼女のファンだったことはないし、その曲が特に好きということもないのだが、長きにわたりそれが心に引っかかかり続けている。

なぜ「北ウイング」が私にとっていささか特別なのかというと、実は、私はいまだに北ウイング発着の便を利用したことがないからである。

「北ウイング」とは、どこの北ウイングかは歌詞で明示されていないが、成田国際空港(当時の正式名称は新東京国際空港)の北ウイングであるのは明らかだ。というのも、当時日本で「ウイング」と称する構造物を有する空港は成田だけだった。当時の成田は、南ウイング、北ウイング、そして中央ビルから成る、単一のターミナル(現在の第1ターミナル)しかなく、そのターミナルも今に比べるとかなり規模が小さかった。南北ウイングとも現在は保安検査場になっている辺りがドカンと広く吹き抜けになっていて、その向こうは全面ガラス張りの先に遠く滑走路が見やられた(「男女7人夏物語」のラストシーンのあの場所だ)のだから、何ともぜいたくな造りだった。

1980年代後半の記憶を掘り返してみると、北ウイングのカウンターの半分は日本航空が占有していて(国際線を飛ばしていた日系航空会社は '85年までは日本航空のみだった)、残りは主にヨーロッパ系の一部などに割り当てられていた。その他のアジア系、北米系などの航空会社は、南ウイングを使用していた。

つまり、南ウイングと北ウイングとでは、単に航空会社や行き先が違うというだけでなく、客層が異なっていたのである。はっきり言って北ウイングは私には縁のない場所だった。

中森明菜「北ウイング」の歌詞には「ミッドナイトフライト」「あなたが住む霧の街」という言葉が出てくることから、題材となる便は北ウイングから夜に出発するロンドン行きということになる。ならば、日本航空かブリティッシュ・エアウェイズの、北回りアンカレッジ経由ロンドン行きと推定される。もし私が当時ヨーロッパへ旅行することがあれば、時間がかかる代わりに安く済む南回り路線、すなわち南ウイングから出るタイ国際航空やキャセイパシフィックなどの乗り継ぎ便にしただろうと思う。そう、南ウイングと北ウイングとでは客層に違いがあった。北ウイングはバックパッカーなどお呼びではなかった。

やがて1990年代に入ると第2ターミナルが供用され、また第1ターミナルに大規模な改修と拡張がなされたので、ターミナルとウイングの配分はガラリと変わった。大まかには航空アライアンス別になっている。しかしそれでもなお、私には北ウイング発着の便に乗る機会がないままである。というのも、私の使用してきた航空会社はいずれも南ウイングか第2ターミナルにカウンターを置いているのだ。

現在、北ウイングを使用している航空会社はスカイチーム加盟社が中心であり、私が乗りそうな会社は一つも見当たらない。強いていえば、もし将来ヨーロッパへ行く機会があるとすれば、エティハド航空のアブダビ乗り継ぎ便を使うかもしれない、という程度だ。どうやら本当に私は北ウイングに縁がなさそうである。

ちなみに、今後私は国内線に乗るときは羽田ではなく成田からのLCCを使うつもりなので(昔と違って今は埼玉南東部からは成田のほうがアクセスがいいのだ)、成田の第3ターミナルには用があるかもしれない。それにしても、相変わらず北ウイングは──。