辺野古沖船転覆事故について積極的に追っておらず、テレビや新聞でしか知らない人たちの多くが、あまりにも報道が少なかったり事実歪曲がひどかったりするせいで根本的なところで重大な事実誤認をしているようだ、という話を聞きました。この事故の問題点などを記してゆくと膨大な量になってしまうため、とりあえず基本的な以下の点だけはぜひ押さえておいてもらいたいと思います。

  • 高校生たちの多くは基地問題にも抗議活動にも関心がなかった。亡くなった生徒は、怖い絵を見せられたりするよりは海で珊瑚礁を見たいという理由で、当該コースを選んだ。
  • 高校生たちは直前まで、抗議船なんかではなく普通に遊覧船に乗る気でいた。当時の彼らの服装を見ても観光気分だったのは明らか。
  • 転覆した2隻はいずれも事業登録をしていない、いわゆる白タク状態であり、本件では保険が利くかどうかも不明。漁港を使わせてもらえないので、乗り降りも消波ブロックという変な場所で行われているというありさま。
  • 2隻はいずれも本来ならせいぜい4、5人しか乗れないかなりの小型だが、そこにそれぞれ約10人を乗せて、海へ出た。
  • 事故では船長1人と高校生1人が亡くなっているが、亡くなった船長は1隻目のほうの船長であり、亡くなった高校生が乗っていたのは2隻目のほう。なお、この2隻目のほうの船長は特に何事もなく生還しているが、事故以来ずっと雲隠れして公の場に姿を見せていない。なぜかオールドメディアの報道では全くと言っていいほど触れられない。
  • 亡くなった生徒以外もほとんどが重軽傷を負っており、ニュース映像などではトリアージタッグが使われていた様子が分かる。
  • 1隻目が転覆した時、2隻目は海上保安庁に通報するとともにすみやかに当該海域を離脱していれば、転覆することはなかった(亡くなった生徒も亡くならなかったはず)と思われる。
  • 事故の日の夜、亡くなった高校生の遺族が沖縄入りしたにもかかわらず、船の運航主体であるカツドーカ団体の連中は駆けつけなかったし、今に至るまで直接謝罪はない。あまつさえ、あたかも亡くなった高校生が自分たちの活動の同志だったかのように言ったり、まるで事故が天災による不可避なもので自分たちに非がないかのように言いふらしたりしている。

──これらだけを見ても、磐越道バス事故と同等あるいはそれ以上に報道で大きく扱われるべきことだというのが、誰の頭でも分かりますよね。