謝ってたまるかというすさまじい執念
「俺たちへの世間の風当たりが強くなってるの、まずいんじゃないかな。連休明けには活動を再開したいし、選挙に影響するから何とかならないかってあの方も言ってるらしいんだけど」
「どうせうるせえのはネットの連中だけだろ。シンポーもタイムスも電波もちゃんと抑えてるから問題ねえよ。投票に行く爺さん婆さんたちはネットなんか見ねえし、何も知らねえさ。それに、SNSの話は嘘ばかりって、党員にせっせと広めさせてるしな」
「そうは言っても最近じゃSNSも無視できないぞ。騒ぎが大きくなると手がつけられなくなる。特にあの遺族が余計な情報発信をしてやがるからな」
「しょうがねえなぁ。じゃあとりあえず、ネットではテキトーに対策っぽいことでもしておくか」
──というようなやりとりがあったのだろうと想像してしまいますね。
- 「辺野古転覆、船運航の抗議団体「ご遺族にさらなる深い傷を負わせた」とコメント掲載」 << 「産経ニュース」
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遺族に直接謝罪しようともしていなくてごめんなさいとウェブでコメントするだけで遺族に直接謝罪したのと同じことにしようという、何とも姑息な技を思いついたのはある意味すごいですが、それで済ませられるという感覚はまるっきり浮き世離れしていますね。俺たちは崇高な目的のためにケンリョクと戦うセーギノミカタだから絶対に間違ってはいない、絶対に謝ったりするものか、全部悪いのは政府なんだ、というすさまじい執念が行間からひしひしと伝わってきます。そうでなかったら、もっと違う書き方があるはずなので。
ウェブにそんなテキトーなコメントを書いている暇があったら、さっさと京都へ行って学校関係者と遺族に頭を下げてこいや。まあ、今さら手遅れだとは思いますけどね。