テクスト: 宇佐美まこと『入らずの森』 東京、祥伝社、2012年。初刊は同社、2009年。

〔2017年3月17日(金)読了〕

「夜一人で読まないで下さい。」などとあまりにも陳腐な宣伝文句が文庫本の帯に書かれてあり、こんな安っぽいことを書かれたのでは買って読もうという気がなくなるではないか、この馬鹿め、と思いながら気づいたら買ってしまっていたという私は、本当にどうしようもない天の邪鬼だと思う。

「夜一人で読まないで下さい。」と宣伝しているだけにホラー風味の小説なのだが、とにかくとてつもなくおもしろい一冊である。ばらばらに見える伏線が、終盤に向けて回収されてゆく過程は気持ちがよく、うならされる。

登場人物たちがまたみな魅力的だ。ここでいう「魅力的」とは必ずしも明るくて好感が持てるという意味ではなく、生身の人間としてよく描かれているという意味である。それを、作者の宇佐美氏は“書き込む”という形ではなく極めて自然な筆致で、あたかも絵の具を幾重にも塗り重ねてゆくように仕上げている。舞台は四国の山奥の、平家落人伝説のある村だ。都会育ちながら夢破れて村の中学の教職に就いている男、その中学へ東京から転校してきた金髪の少女、広島の会社を早期退職し妻を連れてIターンで就農した男など、人物がみな生き生きと描かれている。

それぞれの人物の苦悩、葛藤、村の血塗られた過去、校歌に秘められた謎──それらが一つになって怒涛のクライマックスを迎える時、この小説はもはや単なるホラー風味の娯楽小説ではなくなる。生の感覚を失いかけていた者たちが、生の大地を回復する物語である。

それにしても、こんなに完成度が高く、おもしろく、感動的な本なのに、あまり話題になっていないのはどういうことなのだろう。「夜一人で読まないで下さい。」などとくだららない宣伝文句を使うような祥伝社の商売下手のせいではないのか。