テクスト: 和田竜『村上海賊の娘』 全4巻 東京、新潮社、2016年。初刊は同社、2013年。

〔2016年9月15日(木)読了〕

村上水軍の当主の二十歳の娘、きょうが、戦国時代の瀬戸内から難波を舞台に暴れ回る物語である。景という女性は実在したようだが詳しいことは全く伝わっておらず、本作に描かれる景は99パーセントが架空だ。ただし、周りを固める人物のほとんどが実在しており、史料に基づく緻密な考証がなされている。

地の文に語り手が盛んにしゃしゃり出てきては史料を引きながら薀蓄を垂れるという、私の嫌いな種類の書き方であるにもかかわらず、読み手をぐいぐいと引き込んでゆくその語りは、やはり『のぼうの城』の和田竜氏の筆力のなせる技である。いや、『のぼうの城』よりも数段パワー・アップしている。

『村上海賊の娘』──ああ、何と魅惑的な標題だろうか。そしてこの表紙絵だ。さながらアニメの美女戦士のようなヒロインが水軍を操り瀬戸内海を風のごとく駆け回る姿を想像せずにはいられないではないか。

景はまず毛利家での噂話の中に登場し、「醜女」であると語られる。なるほど、醜女だという噂を出しておいて、実際に見てみたら美女だった、という話の流れにする魂胆か。和田氏も考えたものだな。と思いつつ読み進めてゆくと、いよいよ彼女が瀬戸内の海上でその姿を現す。

海風に逆巻く乱髪の下で見え隠れする貌は細く、鼻梁は鷹の嘴のごとく鋭く、そして高かった。その眼は眦が裂けたかと思うほど巨大で、眉は両の眼に迫り、眦とともに怒ったように吊り上がっている。口は大きく、唇は分厚く、不敵に上がった口角は、鬼が微笑んだようであった。

[第1巻、95頁]

うわっ、本当に醜女かよ。私は手をたたきそうなほど感心した。和田氏、やるじゃないか!

醜女であることを強調するようにことさらネガティヴな書き方をしているが、よくよく読んでみると、面長で鼻梁が細く高く、目が大きく切れ上がっている、というのは現代の感覚でいえばファッション・ショーの西洋人モデルである。あくまでも16世紀の日本人の一般的な感覚からすれば醜女だということだ。そう、私が感心したのはそこである。これはあとでもう一度ひっくり返されることになりそうだ、と私は確信をもって予感した。

描かれている情景は決してきれいなものではない。血みどろの戦の様子が生々しい描写で語られてゆく。“美女海賊が華麗に立ち回る戦記もの”という甘い予想は見事に砕かれてゆく。あの忌まわしい「進者往生極楽/退者無間地獄」の旗にあおられ突き進み、ひたすら敵の矢を浴びて死んでゆく門徒たちの姿も描かれる。景自身、最後はすさまじい戦に身を投じる。

標題と表紙絵から想像される美女英雄譚とは程遠い、行間から血のにおいと兵たちの断末魔の叫びが聞こえてくるような戦記ものである。そして、これはかつてこの国が通ってきた道なのだ。