昨夜放映されたNHK大河ドラマ「光る君へ」第21回「旅立ち」においては長徳の変の結果、ついに中関白家がすっかり内裏から追われることとなりました。藤原伊周は太宰府、藤原隆家は出雲へ左遷となり、中宮定子は自ら髪を下ろし、また一方で越前守として赴任する藤原為時とそれに付いてゆく娘のまひろ(紫式部)という、それぞれの「旅立ち」が描かれた今回でした。伊周、隆家の兄弟は、まるで人望のない駄々っ子で情けないったらありゃしない兄の伊周と、やんちゃでクソ生意気だけれども心根は結構潔いところもあり将来は人が変わったように国のため大活躍することになる弟の隆家が、前回から今回にかけてしっかり対称的に描かれていました。

しかし何といっても今回の見どころは、清少納言(ききょう)がいよいよ『枕草子』の執筆に取りかかった部分でしょう。『枕草子』の書名の由来にはいくつかの説がありますが、本作ではそれらをまとめたような形に仕上げています。本当に毎度毎度のことながら脚本がすばらしいですね。『枕草子』から受ける清少納言の印象として〈知識をひけらかす鼻につく女〉というのが一般的なのでしょうが、実際『枕草子』はああいう背景で書かれたものであり、それを踏まえてみればまた味わいかたの変わる一冊だと思います。

清少納言が「夏は夜 月のころはさらなり」としたためたところで数匹の蛍がゆっくりと舞う場面では、本当に涙が出てきました。

夏は夜。月のころはさらなり。やみもなほ、蛍の多く飛びちがひたる。また、ただ一つ二つなど、ほのかにうち光りて行くもをかし。雨など降るもをかし。
夏は、夜がいい。月夜がいいのはあえて言うまでもない。闇夜もなお、蛍が多く飛び交っているのがいい。また、ただ一匹二匹がほのかに光って飛んでゆくのも趣がある。雨が降ったりするのも趣がある。
[『枕草子』]

たくさんの蛍が乱舞する様は美しいが、一匹二匹がほのかに光るのも美しい──。この有名なくだりを本ドラマでは、内裏での華やかな定子の日々と、出家して寂しい身の上となった彼女との対比に、なぞらえているのでしょう。

「たった一人の哀しき中宮のために『枕草子』は書き始められた」というナレーションがすべてを語っています。たった一人に読んでもらうため、たった一人に喜んでもらうために書かれたエッセイ集が、日本文学を代表する作品の一つとなっているのです。中宮定子がいなければ、清少納言もあれを書くことがなかったのですから、『枕草子』は2人の共同作品なのかもしれません。