昨夜のNHK大河ドラマ「光る君へ」第19回「放たれた矢」では、そのタイトルの通り、長徳の変の始まりまでが描かれました。紫式部の人生にこんなことがあった頃、朝廷周辺の歴史はこう動いていた、ということをうまく絡み合わせる脚本でありました。考えてみたら、藤原為時が六位から従五位下に叙せられることになった経緯は史実として明らかでないので、思いっきりフィクションに任せられる要素というわけです。とはいっても、さすがに下級貴族の娘が、たとえ友人の仲介があったとはいえ、宮中に上がって中宮どころか帝にまでいきなり拝謁してしまうというのは、ちと脚本がやりすぎでは。

前回、藤原宣孝から宋の科挙制度について聞きかじったまひろ(紫式部)が、身分にかかわらず試験に合格すれば登用される科挙というものはすばらしい、と今回も盛んに言っていますけれども、科挙ってそんなに甘いものではないのですよね。そもそも女性は対象外です。そして現代日本の大学入試みたいに一日や二日で終わるものではありません。確か10段階ぐらいあって、それぞれが何日もかかる試験で、最終段階に近くなってくると身体検査された上で個室に数日間閉じ込められて論文を書かされるとか、とにかくすさまじいものです。しかも、難しい試験といっても五経の暗記とフォーマットに則った論文作成能力が試されるだけのものなので、最終的に通る人というのは、物心ついた頃から勉強以外のことをせずに家庭教師に付いてもらってひたすら知識の詰め込み、ゆとり教育って何ですかの人生を送ってきた富裕層の子息からの選りすぐり頭でっかち、ということになります。確かに、科挙制度は身分にとらわれないという点では、時代性を考えると画期的で良いものではあるのですが、だからといって能力があれば誰でも取り立ててもらえるという話でもないのですよねぇ。

さて、ついに矢は放たれてしまったので、次回から藤原伊周ら中関白家は凋落してゆくことになります。藤原道長との政争に敗れるというよりも、単に自民党のゲルほどにすら人望のない奴らが勝手に自業自得で自滅してゆくと言ったほうがいいでしょうね。