昨夜放映のNHK大河ドラマ「光る君へ」第9回「遠くの国」は、藤原兼家の陰謀のネタバラシとなりました。視聴者の中には前回を見て陰謀に気づかなかった人もかなりいたでしょうから、みんなが付いてこられるように今回きちんと種明かしをしておく必要があったわけです。藤原詮子の悲鳴のあげっぷりといったらまるで喜劇でしたが(笑)

いやぁ、兼家は怖いですなぁ。

藤原兼家の陰謀により花山天皇が退位させられること、その際に藤原道兼が鍵となることは史実ですが、具体的にどうやって道兼が天皇に近づき信を得たのかという話は伝わっていませんから、その部分をどう構成するかは脚本家の腕の見せどころということになります。毎度言っている通り本作の脚本は本当によく出来ていて、感心するばかりです。とりわけ安倍晴明の使い方が非常におもしろいですね。

一方、まひろ(紫式部)や藤原道長のほうの話はどうなっているかといえば、予告動画ならびに「遠くの国」というタイトルから想像できた通りでした。まひろがいきなり誤認逮捕されたとかは余計で(どうせすぐ釈放されるのだし)、その部分は本作の脚本には珍しい小さな瑕疵でしたね。「遠くの国」とはすなわち〈この世ではない所〉です。そしてまた、以前に直秀が語りまひろがあこがれる〈海の見える国〉でもありますが、10年ほどのちに彼女が実際しばらく暮らすことになる越前を連想させます。

ところで、今回は鳥辺野という場所が出てきました。私はふと、初めて鳥辺野なるものを知ることになった逸話を思い出しました。

時代は本作今回よりも34年ほどあと、紫式部も50代かという頃のことになります。まひろの今とさほど変わらない身分の受領階級の娘(当時数え13歳)が、父親らとともに地方から京都に帰ってきて三条に住むようになりました。ある時、父親が書の束を彼女に渡して「侍従大納言の媛君のお書きになったものだ。手本にしなさい」と言います。この時の侍従大納言とは藤原行成、あの達筆で有名な行成です。「光る君へ」では〈F4〉の一人、前々回に急な腹痛で打毬の試合を欠場したあの行成です。その行成の娘もかなり字がきれいだったのですね。

その達筆の大納言令嬢のことを、三条の娘は、身分が違いすぎてじかに会うことはかなわないものの、書を手本にして書き写しつつ心の中で姉のように慕っていたといいます。ところが残念なことに翌年、大納言令嬢は病没してしまいました。奇しくも、三条の娘が手本にしていた令嬢の書には『拾遺集』所収のこんな和歌も書かれていたとのことです:

鳥辺山谷にけぶりの燃え立たばはかなく見えしわれと知らなむ

自分が夭逝することも知らずこんな歌を書きつづる筆の流麗さに、ひたすら悲しいばかりだったとのこと。

これは『更級日記』に出てくる逸話です。

また聞けば、侍従大納言のみむすめ、なくなりたまひぬなり。 ─(略)─ のぼりつきたりし時、これ手本にせよとて、このひめぎみの御手を取らせたりしを、「小夜ふけて寝ざめざりせば」など書きて、

鳥辺山谷にけぶりの燃え立たばはかなく見えしわれと知らなむ

といひ知らずをかしげに、めでたく書きたまへるを見て、いとど涙をそへまさる。

[『更級日記』]

えっと、私は何が言いたいのかというとですね、「光る君へ」の終盤にはやはり菅原孝標女を出してほしいという(笑)

さてこの大納言令嬢の関連では、彼女の生まれ変わりを名のる(?)不思議な猫が現れた、というおもしろい逸話も『更級日記』に出てくるのですけど、それはまたいずれ機会がありましたら──。