たまにあることなのですが、今回はかなりきついです。車を駐車場に入れるときに、首を後ろに回せなくて大変でした。
ストレッチとかを試してみましたが、どうも駄目ですね。
とりあえず風呂で体を温めてきます。
]]>《'09年1月4日(日)読了》
いやー、慣れないフランス文学で、しかもやたらと長くて、疲れた。だいたい、近代ヨーロッパの小説でやたら長いものというのは、元は新聞連載小説だった場合が多くて、『ナナ』もその例のようである。
もともと新聞連載だったものというのは、明確な起承転結とか山場とかいったものが折り込まれておらず、単行本で読むと結構めんどくさい。やはり新聞紙面で細切れに読むのに適している。いや、『ナナ』の場合、コマ割りのうまさからして、テレビの連続ドラマにしたほうがいい(2クールぐらいかな)。
時は第二帝政、所はパリ、美貌の高級娼婦ナナが舞台デビューしてからの数々の騒動を描く。初めのうちは、読んでいて淫蕩で悪辣なナナに対する嫌悪感を抱いたりするのだけれど、次第にむしろ彼女に振り回される男たちのほうが馬鹿に見えてきて、いつしかナナの振る舞いに喝采したくなるから不思議だ。
この自然の力に彼女は腹が立った。快楽のさ中に起こるこの懐胎、周りに死を撒き散らしている只中に与えられるこの生命、というものに腹が立った。人間というものは、いろんな事に煩わされないで、自分の好きなようにしてはいけないものだろうか? それでは、こんな子供はどこから降ってくるのだろう? 彼女はそれにさえ答える事が出来なかった。
[574頁]
19世紀後半に、不道徳という批判もありながら、こんな文章を新聞に掲載しまた単行本化することが許された、フランスという国の文化的な懐の深さを思う。
]]>「凧 一九八九」という一つの詩のことを思い出しました。標題の通り、ちょうど20年前の1989年(平成元年)に書かれた詩です。私が1度だけ参加した文芸同人誌に、ある人が載せた詩です。子どもたちが凧揚げに興じている様子に、終わったばかりの昭和の回顧と、まだ始まったばかりの平成への展望を描いた、すばらしい詩でした。その同人誌が手元に残っていないのが残念です。
日比谷公園で木枯らしに震える300人の人々がいて、一方、そこから20キロほどの田んぼではその木枯らしに乗せて凧を揚げる子どもたちがいて──。
「凧 一九八九」の時代は、バブル景気の最盛期でした。その2年後に訪れる崩壊の序曲など、誰の耳にも聞こえていませんでした。20年後にこんな時代になっていようとは、私も思っていませんでした。
2009年は、苦難の一年になります。
]]>正月の雑煮といえば、各地それぞれに流儀があると思います。亡父が北陸人だったことから、当家の雑煮は関東風ではなく、北陸某地方風を受け継いでいます =写真。
亡父絡みで北陸嫌いの私が、ほとんど唯一受け容れることのできている北陸文化が、この雑煮です。すまし仕立てのスープに、餅以外の具として牛蒡、人参、大根を刻んだものを基本に、鶏だの魚だのいろいろ好きなものを入れまくります。
同じ北陸でも、場所が離れるとまるっきり仕様が変わるようです。友人に北陸系の人間がいるのですが、先年正月に彼の家へ遊びに行った時、雑煮に白味噌が使われているのにはびっくりしました。まるで味噌汁の中に餅を入れたようで、不思議な感じがしました。
実は昨年初めて知ったのですが、関西では白味噌仕立ての雑煮が標準らしいですね。そのことを知らなかった私は、例の友人の家の雑煮が全国的にみてかなり特殊なのだと勘違いしていました。
ちなみに、当地関東の雑煮はすまし仕立てで、具はシンプルです。特に東京風となると、餅以外のものはほとんど入れません(雑煮というより餅汁かも)。
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]]>コーヒー・メーカー自体の在庫は店にあったのになぁ。
それにしても、この時期は、教習所の中みたいな変な動きをする車が、公道に増えるのが嫌だ。特にショッピング・モール周辺は。教官ブレーキがある分、教習車のほうがマシだ。
さて、「NHK紅白歌合戦」での「いきものがかり」の唄い順は、14番目とのこと。時間帯に目星をつけ、それまでに片づけるべきものを片づけて、今年最後の夜を過ごそう。
]]>しかし、近ごろ「エコ」という言葉が、企業に都合よく利用されているようで、どうも胡散臭くてたまらない。
新車販売台数が激減している今、自動車業界各社が生き残りに必死なのはよく分かるけれども、「環境のために車を買い替えろ」という東海地方に本拠を置く某企業のような言い種は、いかがなものか。そこまで言うのなら、どうせ在庫がだぶついているのだから、環境にいい新車を7割引ぐらいで売ってみてはどうなのか。
何の変哲もないトートバッグを、名前だけ「エコバッグ」などと意味不明なものに変えて売ろうとするやり方は、いかがなものか。しかも、その奇妙な名称のバッグが「無○良○」で普通に売っているバッグよりはるかに高いというのは、どういうことか。
本来は店員がやるべきゴミの分別作業を、当然のように客にやらせるファースト・フード店の仕様は、いかがなものか。言っておくが、私は絶対にやらないぞ(実際やっていない)。客にそんなことをやらせるくらいなら、使い捨て容器を分別不要のものに差し替えるか、さもなくば使い捨て容器そのものをやめるべきなのだ。
]]>誰かが残してくれていないかなと思い、検索したら、あったよあったよ。
さすがに十数年もたっていると、いくつかのヴァリエーションに分かれているようだが、私が見たのに一番近い文面がこれ:
]]>理由:
ごめんね、日本郵便。
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