裁判員制度

客観的な証拠だけを見れば、[自動車の自損事故の原因が自動車そのものの欠陥にあるのかどうかが争われている]この裁判は[被告側=自動車メーカー]に有利だった。 ─(略)─ しかし、評決を下すのは裁判官ではなくて素人の陪審員だ。十二人の市民の代表、全能なる神々──。

だが、この法廷に集められた神々は、パートタイムでレジ係をしている主婦、年金暮らしの老人、連邦政府の雇用保険を食いつぶすだけの失業者といった顔ぶれで、彼らは車がどうやって動くのかも全然理解していない。民事裁判の陪審員に選ばれると何カ月かは審理に拘束される。その上、マスコミの注目を集めるような重大事件であれば強制宿泊がまちかまえていた。運悪くそんな事件の陪審員になったら、裁判所の低予算でも宿泊料金をまかなえる安っぽいホテルに閉じこめられ、外出さえできなくなる。まともな仕事をもっている人間は陪審員の召喚状を納税通知書とおなじくらいに毛嫌いしていた。家族の病気、公務の多忙、長期出張、学会への参加などあらゆる理由をつけて陪審員の義務を逃れようとする。その結果、陪審員候補者のかなりの部分が、たった五ドルの日当でも暇をもて余すよりはましだという社会の第一線からはずれた人々で占められることになった。

[原告側=自損事故死者の遺族の側の]シェル&ブラックフォード法律事務所の弁護士はこうした陪審員のレベルに合わせて自由自在に弁論をあやつった。「みなさんはわずか五ドルの日当で、崇高な正義の実現のために自分たちの生活を犠牲にしてここにすわっています。それにくらべて」弁護士は陪審員席の手すりにひじを乗せ、被告側に侮蔑の視線を投げつけた。

─(略)─ 彼らはみずからの利益しか頭にありません。安全性を高める、ほんの一ドルの出費さえ出しおしむ。 ─(略)─ 彼らが一ドルを惜しんだことで、アメリカの未来をになう有望な若い命が奪われました。合衆国の市民から選ばれた代表、陪審員であるみなさんはこうした不正義を断罪する力をもっています」

弁護士の言葉は陪審員の単純な心に陶酔感をあたえた。[自損事故で]死亡した十九歳のジョン・オルセンはハイスクールを中退したあと仕事もせずにぶらぶらして改造車を乗りまわしていた。彼がこの先どう成長すればアメリカ合衆国をささえる有望な人物になれるのか、その点はシェルの弁護士にも証明できなかったが、それでも、「一ドル」対「少年の命」という論点は、[被告側=自動車メーカー]が展開した車の耐性構造や衝撃力学などの専門的でくどくどした議論よりもはるかにわかりやすかった。

[中嶋博行『司法戦争』(東京、講談社、2001年)23-24頁。ただし部分強調は筆者による。初刊は同社、1998年]

201X年某月某日、某地裁の裁判員評議室にて

裁判員とかってめんどくさそうだから、来るの嫌だったんだけど、聞いたら、ちょいとばかり日当がもらえるっていうじゃない。まあ、どうせ家にいたって暇だから、小遣い稼ぎに来たってわけ。法律なんか知らなくても、裁判所がバイト代くれるってんだから、わざわざ断ることもないわよね。

それにしても、簡単な裁判でよかったわぁ。もう即決よね。だって、あの被告人、絶対犯人よ。どう見たって怪しいし。そうに決まってるわ。だって、あいつの顔を見たらピーンときたもん。あたしの勘は当たるのよ。ああいう目つきの奴に、まともな人間なんていやしないんだから。

あら、被告人はそんな歳にもなってまだ独身なの? おまけに仕事はインターネット関係? ほらね、あたしの言った通りでしょ。ますます怪しいじゃない。いい歳して独り身で、アキバ系のロリコンなんだから、犯罪者に決まってるじゃないの。あんた、世の中を知らないわねぇ。

え、ネット関係の仕事だからってアキバ系男とは限らない? 被告人の好きな女優は30代だから、ロリコンじゃなさそうだって? そんなの嘘よ、嘘、嘘に決まってるでしょ、被告人の偽装よ。あのね、ネットを使いまくってる奴なんて、週末ごとに秋葉原に繰り出して AKナントカに萌え萌えに決まってるでしょ。あら、仮にアキバ系ロリコンだったとしても、犯罪の証拠にはならないって? 証拠なんて調べりゃ出てくるわよ。ていうか、証拠がなくたって、そうに決まってるでしょ。ああいう奴が、日曜日の歩行者天国で無差別殺人をしたりするのよ。あんた、世の中を知らないわねぇ。

わっ、驚いた。被告人ったらおまけに坊主とも仲がいいのね。だいたい坊主とつるんでる奴なんて、ろくなのがいないのよ。どうせ悪知恵を働かせて、宗教法人の仮面の陰で悪いことばっかりしてるんでしょ。ついでだから、被告人から芋づる式に坊主もパクっちゃえばよかったのに。何よ、証拠がないのにそんなことを言うなって? そんなの、いちいち証拠なんか集めなくたって分かるわよ。あんた、世の中を知らないわねぇ。

そろそろ評議は終わりにしない? あたし、帰って夕飯のしたくをしたいのよね。どうせあの被告人は有罪に決まってるんだから、評議なんか続けたって無駄でしょ。

量刑? そんなの、死刑でいいわよ、死刑で。あんな悪い奴なんだから。え、この罪では死刑が適用できない? じゃあ、死刑にできる罪に切り替えちゃえばいいじゃん。あら、それも無理? じゃあ、とにかく一番思い刑でいいわ、無期とか。

はーい、評決、評決。

要するに何が言いたいのかというと

「裁判員」という字も書けないような馬鹿に裁かれて冤罪をこうむるなんて、まっぴらごめんだ!

こんな制度、私は認めない。もし私が裁判員候補者として召喚されたら、裁判所で「私は裁判員制度に反対だから、裁判員になりたくない」とはっきり言ってやる。それでも裁判員にさせられてしまったら、法的義務として従うよりほかないが、しかし、とにかく言いたいことだけは言ってやる。

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