
かへるとし、む月のつかさめしに、おやのよろこびすべきことありしに、かひなきつとめて、おなじ心におもふべき人のもとより、
「さりともと思ひつつ、あくるをまちつる心もとなさ」
といひて、
あくるまつかねのこゑにもゆめさめて秋のもも夜の心地せしかな
といひたる返りごとに、
あかつきをなににまちけむ思ふ事なるともきかぬかねのおとゆゑ
年は改まり、わたしは18歳になった。
1月の除目に、父が国司任官を喜ぶはずだったのに、当てがはずれてしまった。
夜が明けて、同じ気持ちで父の任官を望んでいるはずの人のもとから、
「これまでのことはともかく、このたびこそはと思いながら、除目の結果が発表される夜明けを待つもどかしさといったら」
と言って、
夜明けを待ちながら、鐘の音に夢も覚めて、秋の百夜を過ごしてきた心地がすることです。
と詠んできた。その返事にこう詠んだ。
わたしたちはどうして暁を待っていたのでしょうか。思いがかなったことを知らせてくれる鐘の音でもないのに。
いささかしるす
受領階級にとって、除目(国司の選定)は最大の関心事でした。
「一. 旅立ち」にある通り、菅原孝標はかつて上総介に任官されたことがあります。今度こそは、上総のような僻地ではなく、もうちょっとマシな国の、できれば介ではなく守に任官されれば、と菅原家の人々は願っているのです。
まともな官職が得られなくても、カネだけはいくらでもあるから、一生遊んで暮らせるというのが受領階級なのですが、それでも下級貴族の地位に甘んじてはいられないのですね。富の次に求めるのは地位と名誉です。
清少納言『枕草子』の第22段「すさまじきもの」には、「除目に司得ぬ人の家。今年はかならず‥‥」云々と、まさに菅原家で見られたであろう光景が、詳しく描写されています。