東路の道の果てよりも

二十七. 亡姉の乳母

むかしの人の、かならずもとめておこせよとありしかば、もとめしに、そのをりはえ見いでずなりにしを、いましも人のおこせたるが、あはれにかなしきこと
更新履歴: 平成20年2月3日

原文

めのとなりし人、「いまはなににつけてか」など、なくなくもとありける所にかへりわたるに、

ふるさとにかくこそ人はかへりけれあはれいかなるわかれなりけむ

「むかしのかたみには、いかでとなむ思ふ」

などかきて、

「すずりの水こほれば、みなとぢられてとどめつ」

といひたるに、

かきながすあとはつららにとぢてけりなにをわすれぬかたみとか見む

といひやりたる返りごとに、

なぐさむる方もなぎさのはまちどりなにかうき世にあともとどめむ

このめのと、はか所見て、なくなくかへりたりし、

のぼりけむのべは煙もなかりけむいづこをはかとたづねてか見し

これをききて、ままははなりし人、

そこはかとしりてゆかねどさきにたつなみだぞみちのしるべなりける

かばねたづぬる宮、おこせたりし人、

すみなれぬのべのささはらあとはかもなくなくいかにたづねわびけむ

これを見て、せうとは、その夜おくりにいきたりしかば、

見しままにもえし煙はつきにしをいかがたづねし野べのささはら

雪の日をへてふるころ、よしの山にすむあまぎみを思ひやる。

ゆきふりてまれの人めもたえぬらむよしのの山のみねのかけみち

現代語訳

亡姉の乳母だった人は、「お嬢さまがお亡くなりになった今となっては」などと言って、泣く泣く故郷へ帰ってゆく。

こうしてあなたは故郷へ帰るとは。ああ、あなたとの別れをももたらすとは、姉との死別は何という別れであったのでしょうか。

「姉の形見に、あなたにはぜひ残っていてもらいたいと思います」

などと書いて、

「硯の水が凍るので、思いはみな閉じられて、筆をとどめました」

としたためた上に、

書き流す筆の跡は氷に閉ざされてしまったことです。わたしは何を、姉を偲ぶ形見とすればいいのでしょうか。

と詠んで送った。その返事に、

悲しみを慰められるすべもない渚の浜千鳥は、どうして、波が寄せ返す憂き世に足跡をとどめられましょうか。

この乳母は亡姉の墓を見て、泣く泣く帰っていった。その時にわたしは、

火葬の煙ももはや立ち上ってはいなかったでしょう。彼女はどこを墓と探し当てたのでしょうか。

これを聞いて、継母だった人が、

どこそこを墓と分かって行ったのではないけれども、先に立つ涙が道標であったことですね。

『かばねたづぬる宮』を届けてくれた人が、

住み慣れない野辺の笹原には、道標もあとはかなく、彼女は泣きながらどれほど墓を探しあぐねたことでしょうか。

当夜に野辺送りに行っていた兄は、この歌を見て火葬の光景を思い出し、こう詠んだ。

火葬の煙は見る間に尽きてしまったのに、彼女はどうやって野辺の笹原を尋ねていったのでしょうか。

雪が何日も降り続く頃、吉野山に住む尼君を思い、歌を送った。

雪が降って、ふだんからまれな人目は絶えてしまっていることでしょう。吉野の山の峰の懸け道には。

いささかしるす

人の死によせて歌合戦のようになるのは、平安貴族の習慣として自然だとしても、ここに出てくる歌は駄作ばかりなので、個人的には嫌いな下りです。

姉の死を悼む歌とか、その乳母との別れを惜しむ歌はほとんどなく、野辺に墓を探し尋ねる乳母の姿を技巧的に描写することに労力を注ぎ込んでいるのには、あきれるばかりです。さすが平安貴族は暇人ぞろい。

さて、最後に「よしの山にすむあまぎみ」というのが突然出てきます。恐らく、亡姉の乳母だった人が出家したのではないかと思います。