東路の道の果てよりも

十七. 光源氏に首ったけ

われはこのごろわろきぞかし、さかりにならば、かたちもかぎりなくよく、かみもいみじくながくなりなむ、ひかるの源氏のゆふがほ、宇治の大将のうき舟の女ぎみのやうにこそあらめ
更新履歴: 平成20年1月3日

原文

かくのみ思ひくんじたるを、心もなぐさめむと心ぐるしがりて、はは、物がたりなどもとめて見せ給ふに、げにおのづからなぐさみゆく。

むらさきのゆかりを見て、つづきの見まほしくおぼゆれど、人かたらひなどもえせず、たれもいまだみやこなれぬほどにて、え見つけず。

いみじく心もとなく、ゆかしくおぼゆるままに、

「この源氏の物がたり、一のまきよりしてみな見せ給へ」

と心の内にいのる。

おやのうづまさにこもり給へるにも、こと事なくこの事を申して、いでむままにこの物がたり見はてむとおもへど、見えず。

いとくちをしく思ひなげかるるに、をばなる人のゐなかよりのぼりたる所にわたいたれば、

「いとうつくしうおひなりにけり」

など、あはれがり、めづらしがりて、かへるに、

「なにをかたてまつらむ。まめまめしき物は、まさなかりなむ。ゆかしくし給ふなるものをたてまつらむ」

とて、源氏の五十余巻、ひつにいりながら、ざい■■、とほぎみ、せり河、しらら、あさうづなどいふ物がたりども、ひとふくろとりいれて、えてかへる心地のうれしさぞいみじきや。

はしるはしる、わづかに見つつ、心もえず心もとなく思ふ源氏を、一の巻よりして、人もまじらず、きちやうの内にうちふして、ひきいでつつ見る心地、きさきのくらゐもなににかはせむ。

ひるはひぐらし、よるはめのさめたるかぎり火をちかくともして、これを見るよりほかの事なければ、おのづからなどはそらにおぼえうかぶを、いみじきことに思ふに、夢にいときよげなるそうの、きなる地のけさきたるがきて、

「法華経五の巻をとくならへ」

といふと見れど、人にもかたらず、ならはむとも思ひかけず、物がたりの事をのみ心にしめて、われはこのごろわろきぞかし、さかりにならば、かたちもかぎりなくよく、かみもいみじくながくなりなむ、ひかるの源氏のゆふがほ、宇治の大将のうき舟の女ぎみのやうにこそあらめと思ひける心、まづいとはかなくあさまし。

現代語訳

こうしてすっかり落ち込んでいるわたしの心を慰めようと、母が心を砕いて、物語などを探して読ませてくださる。まさにそんな母の心遣いに沿って、わたしの気持ちも自然と慰められてゆく。

『源氏物語』の「若紫」の巻を読んで、続きを読みたいと思わずにいられなくなる。でも、人に頼ることなどもできないし、家の誰もがまだ都に慣れていない時期でもあり、欲しい巻を見つけることができない。

とてももどかしく、物語を読みたい気持ちのままに、

「この『源氏物語』を、第1巻から始めてすべて読ませてくださいませ」

と心の中で祈る。

親が太秦に参籠された際にも同行して、ほかのことは何もなくただ『源氏物語』のことだけを仏にお祈り申した。

心を込めてお祈り申したのだから、寺を退出したらすぐに『源氏物語』が手に入るはずだ。たちまち全巻読み尽くしてしまおう。と、すっかりその気になっているのだけれど、『源氏物語』は手に入らない。

とても残念で、嘆かずにいられない。

そんな折に母から言われて、地方から帰京した伯母のもとを訪れた。

「とてもかわいらしい娘に成長したことだわねぇ」

などと、伯母はしみじみとしたり感心したりする。そして、やがてわたしが帰る時に、

「何を差し上げましょうか。日用品などはおもしろくないでしょう。欲しがっていらっしゃると聞いているものを、差し上げましょう」

と言って、『源氏物語』50巻余りを櫃に入れたまま譲ってくれたのだ。ほかに『伊勢物語』『とほぎみ』『せり河』『しらら』『あさうづ』といった物語もひと袋に入れて、渡してくれた。

それらの物語を手に入れて帰る時の気持ちといったら、うれしいの何のって、もう。

これまでは、胸をわくわくさせながらちょっとだけ読んでは、話が分からず、もどかしく思っていた『源氏物語』だった。それを今は、第1巻から始めて、すべて読むことができるのだ。

独りで几帳のうちにこもって、櫃から『源氏物語』の諸巻を順々に引き出しては読んでゆく。世の女たちは、帝の后になることが女の最高の幸せだと言うけれども、こうして『源氏物語』をすべて読むことのできるうれしさに比べたら、后の位が何だというのだろうか。

昼は日暮らし、夜は目の覚めている限り灯明を近くにともして、『源氏物語』を読む以外のことをしないから、おのずと文章を暗記していたりする。これは我ながら立派なことだと思っていると、黄色の地の袈裟を着たきれいな僧侶が夢に現れて、

「恋愛小説なんぞに現を抜かしていないで、『法華経』第5巻をすぐに習いなさい」

と言う。でも、そんな夢を見たことをうっかり人に言おうものなら、お告げの通りにすべきだと言われるに決まっているから、人には言わない。『法華経』を習おうなんてさらさら思わない。物語のことだけで心がいっぱいだ。

わたしは今はまだ不器量なのよ。でも、年頃になったら、この上ない器量よしになって、髪もすごく長くなるに決まっている。光源氏に愛される夕顔や、宇治の大将に愛される浮舟の女君のようになっているのだわ。

と、そんなふうに思っていた。今となってみれば、何とも刹那的であきれたことだ。

いささかしるす

女性の『更級日記』好きの間では、最も好まれている箇所らしいです。たぶん。

ここに書名の出てくる物語のうち、『源氏物語』と『伊勢物語』のほかは散逸しているようです。