
その春、世の中いみじうさはがしうて、まつさとのわたりの月かげあはれに見しめのとも、三月ついたちになくなりぬ。
せむ方なく思ひなげくに、物がたりのゆかしさもおぼえずなりぬ。
いみじくなきくらして見いだしたれば、ゆふ日のいとはなやかにさしたるに、さくらの花のこりなくちりみだる。
ちる花も又こむ春も見もやせむやがてわかれし人ぞこひしき
又きけば、侍従の大納言のみむすめ、なくなり給ひぬなり。
殿の中将のおぼしなげくなるさま、わがもののかなしきをりなれば、いみじくあはれなりときく。
のぼりつきたりし時、
「これ手本にせよ」
とて、このひめぎみの御てをとらせたりしを、
さ夜ふけてねざめざりせば
などかきて、
とりべ山たににけぶりのもえたたばはかなく見えしわれとしらなむ
と、いひしらずおかしげに、めでたくかき給へるを見て、いとどなみだをそへまさる。
14歳の春は、世間に疫病がはやり、ひどい騒ぎになっていた。「まつさと」の渡し場に泊まった夜に、月に照らされた姿が美しく見えた乳母も、この3月の初めに亡くなった。
なすすべもなく嘆いているうちに、物語を読みたいとも思えなくなった。
ひどく泣いて暮らして、ある日ふと外を見ると、夕日がとても華やかにさしている中に、桜の花が残らず散り乱れている。
桜は散っても、また来る春にも見ることができよう。あのまま別れた人には再会も叶わず、ただただ恋しい。
また、聞いたところでは、侍従の大納言[藤原行成]のお嬢さまがお亡くなりになったという。夫である殿の中将[藤原長家]がお嘆きになっているという様子を聞いていると、わたしも乳母を亡くして悲しい折なので、身にしみて痛ましく思う。
京都に着いて間もない頃、父が、
「これを習字の手本にしなさい」
と言って、このお嬢さまのお書きになったものをくれた。そこには、
さ夜ふけてねざめざりせば‥‥
といったような歌などが書き取られてあり、そして、
火葬場のある鳥辺山の谷に、もし煙が燃え立ったら、それは、はかなく見えたわたしなのだと知っておくれ。
という歌を、言いようもないほどきれいに、見事に書き取っていらっしゃる。そのご筆跡を見て、涙の上にますます涙を流さずにはいられない。