
ままははなりし人は、宮づかへせしがくだりしなれば、思ひしにあらぬことどもなどありて、世の中うらめしげにて、ほかにわたるとて、いつつばかりなるちごどもなどして、
「あはれなりつる心のほどなむ、わすれむ世あるまじき」
などいひて、梅の木の、つまちかくていとおほきなるを、
「これが花のさかむをりはこむよ」
といひおきてわたりぬるを、心の内にこひしくあはれ也と思ひつつ、しのびねをのみなきて、その年もかへりぬ。
いつしか梅さかなむ、こむとありしを、さやあると、めをかけてまちわたるに、花もみなさきぬれど、おともせず。思ひわびて、花ををりてやる。
たのめしを猶やまつべき霜がれし梅をも春はわすれざりけり
といひやりたれば、あはれなることどもかきて、
猶たのめ梅のたちえはちぎりおかぬおもひのほかの人もとふなり
継母であった人は、もともとは宮仕えをしていたのが、父とともに上総へ下向したのだった。望まぬ田舎暮らしを強いられたため、意にそぐわないことなどもあって、父との仲が悪くなっていた。それで、帰京早々よそへ移り住むと言う。
彼女は5歳ほどの幼子などを連れて家を去る時、わたしに、
「あなたの優しい心のほどは、片時も忘れますまい」
などと言って、軒の近くの大きな梅の木を振り仰ぎ、
「この木に花が咲く頃には、会いに来ますよ」
と言い残して出ていった。その継母を心の中で何度も恋しく慕っては、声を抑えて泣く。そうしているうちに年は改まり、わたしは14歳になった。
早く梅が咲いてくれ。その時には会いに来ると継母は約束してくれたが、来てくれるだろうか。と、梅の木を見守りながら待ち続ける。
そのうち花もみな咲いてしまったけれど、それでも継母からは音沙汰もない。堪えられなくなって、花を折って継母に送る。
約束をあてにしていたのに、まだ待たなければならないのでしょうか。霜枯れした梅でさえ、咲くべき春のことは忘れなかったものですのに。
と、使いに歌を持たせて送ると、彼女は心優しい言葉を書き連ね、歌を添えて返した。
それでも待っていなさい。梅の立ち枝は、約束のない、思いもかけない人の訪れをもたらすといいます。そう、歌に「我が宿の梅の立ち枝や見えつらん思ひの外に君が来ませる」と詠まれるように。