
ひろびろとあれたる所の、すぎきつる山やまにもおとらず、おほきにおそろしげなるみやま木どものやうにて、みやこの内とも見えぬ所のさまなり。
ありもつかず、いみじうものさはがしけれども、いつしかと思ひし事なれば、
「ものがたりもとめて見せよ、見せよ」
とははをせむれば、三条の宮に、しぞくなる人の衛門の命婦とてさぶらひけるたづねて、ふみやりたれば、めづらしがりてよろこびて、
「御前のをおろしたる」
とて、わざとめでたきさうしども、すずりのはこのふたにいれておこせたり。
うれしくいみじくて、よるひるこれを見るよりうちはじめ、又またも見まほしきに、ありもつかぬみやこのほとりに、たれかは物がたりもとめ見する人のあらむ。
三条の家は広々として、野生の雰囲気に満ちた所だ。これまでの旅で通り過ぎてきた山々にも劣らず、深い山の中のような大きくて恐ろしげな木々が生い茂っている。都の中とも思えない風情だ。
引っ越してきたばかりで落ち着かず、ひどく慌ただしい折だけれど、ずっと待ち遠しかったことなので、
「物語を探してきて。物語を読ませて」
と実母にせがむ。わたしたちが上総にいた間も京都に残っていた実母とは、3年ぶりに再会したばかりだというのに、わたしったらいきなりこれだ。
衛門の命婦という名で三条の宮に仕える親族がいた。母が彼女を尋ね、手紙を送ると、その人はわたしたちの帰京を特別なことのように喜び、
「宮さまのお手持ちから頂戴したものです」
と言って、特にすばらしい冊子[そうし]を数冊、硯箱の蓋に入れてよこしてくれた。
うれしくて感激して、夜も昼もそれらの冊子を読む。それを手始めに、またまたほかのも読みたくなる。でも、引っ越してきたばかりで落ち着いてもいない都の片隅の小娘に、一体誰が物語を探して読ませてくれるというのか。
いささかしるす
「ひろびろとあれたる所の、すぎきつる山やまにもおとらず、おほきにおそろしげなるみやま木どものやう」というのですから、かなりの規模の庭のある豪邸だったようです。
当時は、本屋に行けば本が買えるというものではありませんでした。コネを頼って何とか手に入れることができた訳です。