東路の道の果てよりも

十四. 初めての物語

ありもつかぬみやこのほとりに、たれかは物がたりもとめ見する人のあらむ。
更新履歴: 平成20年1月3日

原文

ひろびろとあれたる所の、すぎきつる山やまにもおとらず、おほきにおそろしげなるみやま木どものやうにて、みやこの内とも見えぬ所のさまなり。

ありもつかず、いみじうものさはがしけれども、いつしかと思ひし事なれば、

「ものがたりもとめて見せよ、見せよ」

とははをせむれば、三条の宮に、しぞくなる人の衛門の命婦とてさぶらひけるたづねて、ふみやりたれば、めづらしがりてよろこびて、

「御前のをおろしたる」

とて、わざとめでたきさうしども、すずりのはこのふたにいれておこせたり。

うれしくいみじくて、よるひるこれを見るよりうちはじめ、又またも見まほしきに、ありもつかぬみやこのほとりに、たれかは物がたりもとめ見する人のあらむ。

現代語訳

三条の家は広々として、野生の雰囲気に満ちた所だ。これまでの旅で通り過ぎてきた山々にも劣らず、深い山の中のような大きくて恐ろしげな木々が生い茂っている。都の中とも思えない風情だ。

引っ越してきたばかりで落ち着かず、ひどく慌ただしい折だけれど、ずっと待ち遠しかったことなので、

「物語を探してきて。物語を読ませて」

と実母にせがむ。わたしたちが上総にいた間も京都に残っていた実母とは、3年ぶりに再会したばかりだというのに、わたしったらいきなりこれだ。

衛門の命婦という名で三条の宮に仕える親族がいた。母が彼女を尋ね、手紙を送ると、その人はわたしたちの帰京を特別なことのように喜び、

「宮さまのお手持ちから頂戴したものです」

と言って、特にすばらしい冊子[そうし]を数冊、硯箱の蓋に入れてよこしてくれた。

うれしくて感激して、夜も昼もそれらの冊子を読む。それを手始めに、またまたほかのも読みたくなる。でも、引っ越してきたばかりで落ち着いてもいない都の片隅の小娘に、一体誰が物語を探して読ませてくれるというのか。

いささかしるす

「ひろびろとあれたる所の、すぎきつる山やまにもおとらず、おほきにおそろしげなるみやま木どものやう」というのですから、かなりの規模の庭のある豪邸だったようです。

当時は、本屋に行けば本が買えるというものではありませんでした。コネを頼って何とか手に入れることができた訳です。