東路の道の果てよりも

十二. 美濃、近江

そこをたちて、いぬがみ、かんざき、やす、くるもとなどいふ所どころ、なにとなくすぎぬ。
更新履歴: 平成20年1月3日

原文

みののくにになるさかひに、すのまたといふわたりして、のがみといふ所につきぬ。

そこにあそびどもいできて、夜ひとよ、うたうたふにも、あしがらなりし思ひいでられて、あはれにこひしきことかぎりなし。

雪ふりあれまどふに、もののきようもなくて、ふはのせき、あつみの山などこえて、近江国、おきながといふ人の家にやどりて、四五日あり。

みつさかの山のふもとに、よるひる、しぐれ、あられふりみだれて、日のひかりもさやかならず、いみじう物むつかし。

そこをたちて、いぬがみ、かんざき、やす、くるもとなどいふ所どころ、なにとなくすぎぬ。

水うみのおもてはるばるとして、なでしま、ちくぶしまなどいふ所の見えたる、いとおもしろし。瀬田のはしみなくづれて、わたりわづらふ。

現代語訳

尾張から美濃へ入る国境で、墨俣という渡し場を越えて、野上という所に着いた。

そこに遊女たちが出てきて、ひと晩じゅう歌を唄う。彼女らの歌を聞いていると、足柄にいた遊女のたちのことが思い出されて、しみじみ恋しくてたまらない。

雪が降り荒れて趣らしきものもない中、不破の関、厚見の山などを越えた。近江の息長という人の家に宿って、4、5日滞在する。

「みつさか」の山の麓では、夜も昼も時雨やあられが降り乱れて、陽光もはっきりせず、ひどく憂鬱だ。

そこを発って、犬上、神崎、野洲、栗太などという所を、何があるともなく通り過ぎた。

近江の湖面ははるばると眺めが開けて、「なでしま」や竹生島などという所が見えているのは、とても風流だ。瀬田の橋がまるで崩れていて、渡るのに難儀する。