東路の道の果てよりも

九. 富士川の伝説

らいねんのつかさめしなどは、ことしこの山に、そこばくの神がみあつまりてない給ふなりけりと、見給へし。
更新履歴: 平成20年1月3日

原文

おほゐがはといふわたりあり。

水の、世のつねならず、すりこなどをこくてながしたらむやうに、しろき水、はやくながれたり。

ふじ河といふはふじの山よりおちたる水也。

そのくにの人のいでてかたるやう、

「ひととせごろ物にまかりたりしに、いとあつかりしかば、この水のつらにやすみつつ見れば、河上の方よりきなる物ながれきて、物につきてとどまりたるを見れば、ほぐなり。

とりあげて見れば、きなるかみに、にしてこくうるはしくかかれたり。

あやしくて見れば、らいねんなるべきくにどもを、ぢもくのごとみなかきて、このくにらいねんあくべきにも、かみなして、又そへて二人をなしたり。

あやし、あさましと思ひて、とりあげて、ほして、をさめたりしを、かへる年のつかさめしに、このふみにかかれたりし、ひとつたがはず、このくにのかみとありしままなるを、三月のうちになくなりて、又なりかはりたるも、このかたはらにかきつけたれたりし人なり。

かかる事なむありし。

らいねんのつかさめしなどは、ことしこの山に、そこばくの神がみあつまりてない給ふなりけりと、見給へし。

めづらかなる事にさぶらふ」

とかたる。

現代語訳

大井川という川の渡し場がある。水は普通のものと違って、米のすり粉などを濃く流しているみたいに、白い水が速く流れている。

富士川というのは富士山から流れ下ってくる水だ。駿河の人が出てきて、こんな話を語ってくれた、

「ある年のこと、用事でよそへ参りました折に、とても暑かったので、この川の畔に休んでいました。すると、川上から黄色いものが流れてきます。岸近くに引っかかって止まったのを見てみますと、反古紙でした。

取り上げて見てみると、黄色い紙に朱で端麗な文字が書かれています。

不思議に思って文字をたどると、翌年に国司任官があるはずの国々のことを、すべて除目のように書いてあります。この駿河国で、翌年に国司の職が空く予定になっていることについても、そのあとに守[かみ]とされる人名が書かれ、またそれに添えて書かれているのも合わせて、2人の名があります。

不思議だ、とんでもないものだと思って、取り上げて干し、しまっておいたのですが、翌年の除目には、この紙に書いてあったことが一つとしてはずれなかったのです。

この国の守に任官された人も、書かれていた通りでした。その人は3カ月もたたずに亡くなったのですが、後任に任官されたのも、横に書き付けられていた名前の人でした。

そんなことがあったのですよ。来年の除目などは、今年この富士山に多くの神々が集まってお決めになるのだなぁと、了解いたしたことです。変わった体験でございます」

と、そのように語る。