東路の道の果てよりも

八. 駿河、富士山

いろこききぬに、しろきあこめきたらむやうにも見えて、山のいただきのすこしたひらぎたるより、けぶりはたちのぼる。
更新履歴: 平成20年1月3日

原文

これよりは駿河也。

よこはしりの関のかたはらに、いはつぼといふ所あり。

えもいはずおほきなるいしのよはうなる中に、あなのあきたる中よりいづる水の、きよくつめたきことかぎりなし。

ふじの山はこのくに也。

わがおひいでしくににてはにしおもてに見えし山也。

その山のさま、いと世に見えぬさまなり。

さまことなる山のすがたの、こんじやうをぬりたるやうなるに、ゆきのきゆる世もなくつもりたれば、いろこききぬに、しろきあこめきたらむやうにも見えて、山のいただきのすこしたひらぎたるより、けぶりはたちのぼる。

ゆふぐれは火のもえ立つも見ゆ。

きよみがせきは、かたつかたは海なるに関屋どもあまたありて、うみまでくぎぬきしたり。

けぶりあふにやあらむ、きよみがせきの浪もたかくなりぬべし。

おもしろきことかぎりなし。

たごの浦は浪たかくて、舟にてこぎめぐる。

現代語訳

この関山からは駿河だ。

横走の関の傍らに、岩壺という所がある。言いようもないほど大きな四角い岩の中に、穴が開いていて、そこから湧き出てくる水は清く冷たいことこの上ない。

富士山はこの駿河にある。わたしの育った上総では、西のほうに見えた山だ。

その山の様子は、全く世にたぐいがない。独特の山の姿は、紺青を塗ったような色の山肌の上に、雪が消える時期もなく積もっているから、色の濃い衣の上に白い衵[あこめ]を着ているようにも見える。山の頂上の少し平らになっている所から、煙が立ち上る。夕暮れには火が燃え立つのも見える。

清見が関は、片側が海になっている所に関屋がたくさんあって、海の中まで柵が続いている。富士山の煙に応えるかのように潮煙を上げ、清見が関の波も富士山のごとく高くなってしまいそうだ。見事であることこの上ない。

田子の浦は波が高くて、海岸を歩くことができない。舟に乗って水路で迂回する。