東路の道の果てよりも

四. 太井川

おもかげにおぼえてかなしければ、月のきようもおぼえず、くんじふしぬ。
更新履歴: 平成20年1月3日

原文

そのつとめて、そこをたちて、しもふさのくにとむさしとのさかひにてある、ふとゐがはといふがかみのせ、まつさとのわたりのつにとまりて、夜ひとよ、舟にてかつがつ物などわたす。

めのとなる人は、をとこなどもなくなして、さかひにてこうみたりしかば、はなれてべちにのぼる。

いとこひしければ、いかまほしく思ふに、せうとなる人いだきてゐていきたり。

みな人は、かりそめのかりやなどいへど、風すくまじくひきわたしなどしたるに、これはをとこなどもそはねば、いとてはなちにあらあらしげにて、とまといふ物をひとへうちふきたれば、月のこりなくさしいりたるに、紅のきぬうへにきて、うちなやみてふしたる、月かげさやうの人にはこよなくすきて、いとしろくきよげにて、めづらしとおもひてかきなでつつうちなくを、いとあはれに見すてがたくおもへど、いそぎゐていかるる心地、いとあかずわりなし。

おもかげにおぼえてかなしければ、月のきようもおぼえず、くんじふしぬ。

つとめて、舟に車かきすゑてわたして、あなたのきしにくるまひきたてて、おくりにきつる人びとこれよりみなかへりぬ。

のぼるはとまりなどして、いきわかるるほど、ゆくもとまるも、みななきなどす。をさな心地にもあはれに見ゆ。

現代語訳

その翌日、9月18日の早朝「くろとのはま」を発つ。

下総と武蔵の国境を流れる太井川という川の上流の浅瀬、「まつさと」の渡し場に泊まった。ひと晩かけて、舟でとりあえず荷物などを対岸へ渡せるだけ渡す。

乳母は夫などにも先立たれていた。上総から国境を越えてきた所で出産していたため、その後はわたしたちとは離れて別に上京の途についている。その乳母のことがとても恋しいので、彼女の所へ行きたいと思っていると、兄が抱いて連れていってくれた。

わたしたちの一行は、一時しのぎの仮の家などとはいっても、家に風が通らないよう周りに幕などを引きめぐらしている。でも、乳母の泊まっている所は、夫などもいないのできちんとした仕立てができず、ひどくぞんざいで乱雑に施されており、苫というものを一枚葺いてあるだけだった。月明かりが部屋の隅々にまで差し込んでいる。

その中に彼女は、紅の着物を上にかけて、産後の養生に病み臥せっていた。横たわる姿に、月光がまるで肌を透くように降り注ぎ、とても白く美しい。

「お嬢さまがここに来てくださるなんて、思いがけないことでございます」

と、わたしをなでながら泣く。そんな彼女がとても恋しくて、見捨て去ることのできない思いなのに、夜も更けるからと、急いで兄に泊まりの家へと連れ戻される。全く満たされず、やりきれない気持ちだ。

泊まりへ戻ってからも、乳母の面影が思い出されて悲しくて、月の趣を感じるどころではない。心が沈んで寝込んでしまった。

その翌日の早朝、舟に車をしっかりと積んで川を渡し、対岸に車を引き上げた。見送りに来た人々は、ここからみな上総へ引き返した。

上京するわたしたちは、別れを惜しんで立ち止まる。遠ざかるほどに、上総へ帰る彼らも立ち止まるわたしたちも、みんな泣いたりしている。幼心にもしみじみと悲しく感じられる情景だ。

いささかしるす

太井川とは江戸川の古名ですが、下総と武蔵の国境ではありません。上総の君の錯誤です。