
![わが心 なぐさめかねつ 更級や 姨捨山に 照る月を見て [よみ人しらず]](img/dedication.jpg)
あづまぢのみちのはてちかき、むらさきおふ武蔵におひいでたるひと、よのなかにいにしへぶみといふもののあんなるを、みばやとはつゆもおもはざるに、とをあまりみつなるとし、ゆかりあるひとの学習塾をいとなみたまふあるに、「高校にてならはむいにしへぶみ、中学にあるうちにぞすこししるべき」とて、かしこの高校古文個人講座にこのをのこをくはへたまへば、国語をこのまぬ中学生ながら、あねのやうなる高校生のかたちよろしきとふたりしてふづくえをならべ、師よりさづかりきこえ、「あづまぢのみちのはてよりも、なほおくつかたに」云々とてよましめらるるこそ、はじめたるいにしへぶみ、上総の君の日記とのいであひなりけれ。
としつきはながれて、大学の英文科にあそび、いでてよりはよのなりはひなどにすぐすほど、高校などにてならひたりしいにしへぶみはやうやうわすれられながらも、なほ上総の君の日記のみはいろもうつろはでこころのうちにひかりのこりたれば、これをいまのことのはにかきなさむなどおもひつつ、いととくととせあまりのすぎゆくをみながら、ただおもふのみにてことのすすまぬさま、いみじうおろかなりけりとばかりおぼえれば、平成十九年あき、いまこそは上総の君にささげめとて、くはたてつ。
かくて、平成二十年すなはち仏暦二五五一、皇紀二六六八、戊子、西暦二〇〇八の年の正月三日、はつにこのウヱブサイトをあらはしつるなり。ときしも、上総の君のうまれけるよりまさしくちとせへだてぬるぞかし。
菅原孝標女[すがはらのたかすゑのむすめ]のまことのなはしれざれば、これにては上総の君とよびなするなり。
上総の君は、寛弘五年すなはち西暦一〇〇八の年、菅原道真のちすぢなる孝標がなかのきみとて平安京にうまれけり。『夜半の寝覚』『浜松中納言物語』などをかけるななり。ははつかたのをばなるひとに『蜻蛉日記』をものしたる藤原道綱母ありけり。
『更級日記』は、あづまぢにすぐしけるをとめごのころより、みやこにすまひておいぬるまでの、ながきにわたることどもをつづるが、康平五年すなはち西暦一〇五九の年のころにかきたるなめり。
おほよそももとせあまりななそとせへて鎌倉のよに、藤原定家のみいでてうつしたるは、いまにつたはるのもとなれども、丁のかぞへなどやはかきつけざりけむ、いつばかりよりか、いといみじきとぢあやまりのありければ、みなこれをみるもえこころえず、江戸のよに本居宣長もただこころもとなく不審ありけるを、大正のよのいたりて、からうじて佐々木信綱と玉井幸助は次第をなむかんがへただしたる。いまのひとびとのなほしくみたる、まことまことさいはひなるかな。
日記のなのゆゑは、うちなる上総の君のうたに、
月もいででやみにくれたるをばすてになにとてこよひたづねきつらむ
とてよみたるなり。姨捨山[をばすてやま]といふは信濃の更級なれば、さきによみひとしらずとて、
わが心なぐさめかねつ更級や姨捨山に照る月を見て
とあるを、上総の君は「月もいでで」とよみなしたれば、日記のなをとくに「姨捨山の日記」すなはち「かくおいぬるひとの日記の、いにしかたをかきつらぬる」なるべし。いみじうわびしくきこえど、なほうたのあはれをわすれざるをかしさや。
また、昭和のよに堀辰雄のものしたるちひさきものがたりの「姨捨」[うばすて]といふは、この日記をものがたりにかきなしたるなれど、日記にたがふところいとおほければ、上総の君のありしやうにたがひ、こころにもたがひ、わろし。
定家のうつしたるをもととしながら、ふかくおもひまはすまでもなきかきあやまり、うつしあやまりのたぐひはただせり。
たとへば、定家本に「あづまぢのみちのはてよりも、猶おくつかたにおいゝでたる人」とあるを、「おいいでたる」はかなのなしやうをあやまりたれば、「おひいでたる」となむただせる。
それ、おほよそわがあぢはひをかけるものにしあれば、まなびごとにかなふべきとおぼえず。
高校生など、これなるままを試験答案などにかかば、単位にあたはぬこともあらむ、第三志望にもうけられず予備校にひととせすぐすみにもなりなむと、さきにこころえたまふべければ、このあしき現代語訳ゆゑになど、のちにひとをゆめさいなみたまふべからず。
あるは、これをみて上総の君の日記にこころうごきたまはば、よに国文学者たちのふみなどのおほくあるをならひたまへかし。われはひとへに、この日記をけぢかくおぼえむひとのあまたあれとおもふのみなり。
このウヱブサイトをあめる小山芳立につげたまはむこと、とひたまはむなどあらば、これなるメエルアドレスに消息[せうそこ]したまへ。
さりとて、「わがまなびやにては『更級日記』をならはざるに、期末試験のちかくなりぬれば、いとかたき『源氏物語』をとくなせ」など、いみじうあさましくこころなきは、いかでかはひとのうけたまはるべきならむ。
さらに、芳立はつねは「芳立五蘊」なるブログをものしをれば、つれづれなるよひなどにもこころやすくみたまへかし。
