「子供たちの未来」を掲げるだけの活動に未来はない

「毎日jp」 >> 「東日本大震災:フクシマを忘れないで 地元NPO理事長が講演 /石川」

子供たちの未来を守ることは、社会において最優先されるべきことの一つである。そのための様々な取り組みを悪く言うつもりは毛頭ない。しかしながら「子どもたちの未来を守ろう」という陳腐な台詞を旗印にしてセーギに酔う人を、私は信用しないことにしている。

そのようなセーギが子供たちの未来を守れるとは思えない。このことを私は折に触れ述べてきている。例えば、東京で米を洗うのにもミネラル・ウォーターを使うようなラジオフォビア信者(いわゆる放射脳)が、必ず二言目に言うのが「子供を守るため」という台詞である。「子供を守るため」と言えばすべてが正当化されると勘違いしている。子供たちの未来を守るために全く役立たないどころか、むしろ社会の迷惑だ。

曲がりなりにも我が真宗大谷派の僧侶が、宗門関係の集いで発言するのであれば、正直に言ってみたらどうなのだろう。「子どもたちの未来を守ろう」ではなく「子供たちの未来を守る美しい自分の姿に酔わせてもらっている」と。あるいは「自分の不安を解消するために子供たちをだしにさせてもらっていて、子供たちには申し訳ない」と。

意識的あるいは無意識的に現状認識を怠り、恣意的な材料のみを投入することによって自分や周囲の不安を増幅させ、それを原動力にして「子どもたちの未来を守ろう」という旗印を掲げて煽動するセーギの活動に、未来はない。

私は上記記事を通じてしか知らないので、本当の講演内容がどのようなものであったのかは分からない。もしかしたら記事の伝えるところが的外れで、実際の講演はもっと実のあるものだったのかもしれない。そうであってほしいと少しばかり願っている。

記事分類: 思惟 > 帰依三宝

Comments

呑兵衛 | 2012/01/28 07:12
>「市民放射能測定室」

ネーミングが引っ掛かりますね。
何でわざわざ「市民」という冠をつけなければならないんでしょうか。
こういう場合、確実に何らかの対決姿勢、対決軸が存在するように感じるのは私だけでしょうか。

>「子どもたちの未来を守ろう」

一体、誰から守ろうとしているんでしょうね。
放射性セシウムなどの物質から守ろうとするのであれば、運動の方向性が明らかに違うと思うのですが。
守られるべき対象もまた、子どもに限定されないと思いますしね。

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