《短歌》言葉狩り

障害を障がいと書く自分には差別ごころがないとうそぶく | |
[しやうがいを しやうがいとかく じぶんには さべつごころが ないとうそぶく]

言葉あるいは文字を抹殺すれば、事実から目を背けることができるという勘違い。言霊信仰の悪い側面。何の解決にもつながらない。フウイヌムの言語には悪を意味する語彙がないが、「ヤフー」で代用するにすぎない。

記事分類: 三十一文字

Comments

とうしょう | 2010/08/26 17:44
「障がい者」で思い出したのですが、地元にある、ろう学校が「聴覚特別支援学校」とか「特別支援学校」という風に言い替えられてるのですが、私自身は「どこがダメなのかな?」と思うのですけど・・・


話は変わりますが、「障がい者」に限らず、最近、「混ぜ書き」って増えてますよね
これもよくない気がするんですけど・・・
読み間違えやすい字や難しい字は、ふりがなを振ればいいと思いますし、分からなければこっちが辞書で調べるんですけど、これって日本人の漢字能力が落ちた証拠なんですかね・・・・
呑兵衛 | 2010/08/27 19:08
>障がい

その「がい」という言葉にはどのような意味があるのでしょうか?
「害」という言葉の場合には明確ですが。
小賢しく目先を変えば差別心がないことを証明できると思っていること自体、既に差別心の表れなんですけどね。
小山芳立 | 2010/08/28 00:07
「障」は可で「害」は不可、という変な理屈ですね。
「障害者」というのは、別に「社会の障害となる人」という意味ではなく、「身体または精神に障害を持つ人」という意味ですから、「障がい者」表記論者は根本的に国語の勉強が必要です。
それにしても、例によって、自称「被害者さまの立場に立っている俺さま」たちがうっとうしいです。

>最近、「混ぜ書き」って増えてますよね

マスコミ特に新聞は、当用外の漢字は全部かなにしてしまいますね。戦前の新聞のように、きちんと漢字書きしてルビを振るほうがいいと、中学時代の左寄りの社会科の先生さえもが言っていました。
戦後の、読み書きを簡単にすることが民主化だという勘違いが、そのまま引きずられている感じですね。「一億愚民化計画」としか思えません。
空音 | 2010/08/28 02:12
少し話がずれてしまいますが、小学校の先生に聞きましたが最近は子供ではなく子どもと表記するのらしいのですが、
どうもそれもなにか子どもの人権的なニュアンスがあるみたいなのですが、なにが問題なのかわかりません。
紫苑 | 2010/08/29 22:50
「障害」の「害」はもともと「碍」を置き換えたものですよね。
かな書きによって本来の意味がどんどんあやふやにされてしまうのは
言語的によくないと思うのですが。

空音さんが言及されている「ども」については、
アララギのHPに興味深い記事があります。

「歌言葉考言学」抄 〜たち、ども、どち〜
*Link (www.shin-araragi.jp)
小山芳立 | 2010/09/01 03:33
「子供」については、「『子供』より『子ども』のほうがむしろ子供の人権をないがしろにしている」という論あり。
*Link (www.iza.ne.jp)
空音 | 2010/09/01 08:04
紫苑さん、芳立さん
記事のリンクをありがとうございました。
興味深く読みました。
ここにきてばたばたと表記を変えることがむしろいっそうの差別感がありますね。
呑兵衛 | 2010/09/02 04:18
そのうち、使える言葉が無くなっていくんじゃないですかね。
地名なんかもそうでしょう。
地名もまた先人たちの経験と知恵の産物だったりします。
水が出るとか、かつては谷だったとか、その土地の地質や特性を表現してきた地名が、語呂や響きだけで容赦なく変更されていくことは防災上の問題を孕んでいるわけです。
言葉にはいろいろな意味や成り立ちがあるわけですが、それを差別性という一側面だけで「無かったこと」にしようとすること自体、愚かというか小賢しいというか・・・
小山芳立 | 2010/09/02 11:17
井沢元彦氏が述べていることを思い出しました。変な言葉狩りを続けていると、そのうち「魏志倭人伝」を「中国志日本人伝」と言い替えなければならなくなります。

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